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新たな音楽スタイルを生み出したノラ・ジョーンズの鮮烈なデビューアルバム『Come Away With Me』

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21世紀になったばかりの2002年、デビューしたばかりの新人女性歌手がグラミー賞8部門を独占するという異例の事件が起こった。その事件の当事者こそがノラ・ジョーンズだ。あれから15年近くが経つが、未だにデビュー作『Come Away With Me(邦題:ノラ・ジョーンズ)』は支持され続けており、累計で4500万枚以上を売上げるモンスターアルバムとなっている。また、本作の特徴的な音楽スタイルのフォロワーも増え、今では“フォーキージャズ”というジャンルとしてすでに確立しているほどだ。10月には新作のリリースも決まっているので、今回は彼女のデビュー作に焦点を当ててみようと思う。

ノラ・ジョーンズの音楽性
そもそもノラ・ジョーンズの音楽はジャズではないのだが『Come Away With Me』がリリースされた時、所属レーベルがジャズ専門の『ブルーノート』であったため、当初は新人のジャズ歌手として紹介されることが少なくなかった。今でも彼女がジャズシンガーだと思っている人は多いが、彼女の音楽は狭いひとつのジャンルでは収まりきらない幅広い資質を持っており、僕は「アメリカーナ」として捉えるべきだと考えている。彼女のソロ以外のユニットチーム(リトル・ウィリーズとプス・ン・ブーツ)は完全にアメリカーナ的なサウンドであり、カントリー音楽をベースにしてはいるがジャンルに縛られないスタイルであることからも、ノラ・ジョーンズの音楽的素養がかなり広くて深いことが分かる。

アメリカーナという音楽スタイル
では、アメリカーナとはいったい何なのか。“アメリカーナ”とはアメリカ的なものを意味する総称として、古くから使われている言葉である。だから「アメリカーナ音楽」と言うと、フォーク、ジャズ、R&B、ブルース、カントリーなど、アメリカで生まれたアメリカならではの音楽という意味になる。ルーツ音楽(1)という言葉は日本でもよく聞かれるが、アメリカーナ音楽はルーツ音楽の同義語としても用いられてきたのである。
しかし、ここ最近の間に使われてきたアメリカーナ音楽というのは、そういったルーツ音楽だけを指すのではない。もちろんルーツ音楽の影響を受けているのは確かではあるが、ジャンルとジャンルの境界線近くにいるミュージシャンたち(すなわち、ジャンルの特定が難しい人たち)について使われることが多くなっているのが重要なポイントだ。
これまでの音楽で一番感触として近いのは、60年代の終わりから70年代初頭にかけて登場したカントリーロックやスワンプロックと呼ばれたスタイルだろう。ライ・クーダー、タジ・マハール、デラニー&ボニー、ザ・バンドらが持つ、白人黒人を問わずアメリカ的ルーツに根差した土臭い音楽性はまさしくアメリカーナ的なスタンスであった。もう少し例をあげるなら、ジミー・ロジャーズ、デルモア・ブラザーズ、ビル・モンロー、ゲイトマウス・ブラウン、マッド・エイカーズ、ダグ・ザーム、デルバート・マクリントンなども立派なアメリカーナである。
ただ、ここに挙げたような当時のミュージシャンとノラ・ジョーンズとを比較すると、その感性の違いは著しい。僕はパンク以前/以後という出現した時代の違いこそがその最大の要因だと考えている。「ブルースやジャズのようなルーツ音楽とパンクが本当に関係あるの?」という人もいるだろう。しかしアメリカーナとパンクは思っている以上に密接な関係にあるのだ。
現在のアメリカーナの源流になったのは、90年代初頭に登場したオルタナティブカントリー(以下オルタナカントリー)と呼ばれる音楽で、これはパンク世代の若いロッカーたちが自分たちの音楽を表現するために、方法論的にカントリーを取り入れたものであり、そこにはパンクロックが持っていたアナーキーな精神が包含されていたのである。その後は、カントリーとロックだけでなく、ジャズとフォーク、ソウルとジャズ、ブルーグラスとジャズなど、さまざまな異種格闘技戦が繰り広げられ、ジャンルとジャンルの境界線が曖昧になってきていた。
2000年代に入ってから、その流れはますます早くなり、ノラ・ジョーンズと同じくブルーノートに所属するロバート・グラスパーはヒップホップとジャズの境界を行き来しているし、G・ラブもブルースとヒップホップの中間に存在しているアメリカーナミュージシャンだ。サーファーに人気のジャック・ジョンソンやジェイソン・ムラーズらは、アメリカーナというよりはフォークとヒップホップ、そしてレゲエ(ジャマイカ発祥の音楽)の境界線上にいるグローバリストたちである。

ノラ・ジョーンズの大きな仕事
彼女は当初ジャズシンガーとして認知されたと書いたが、これはこれで大きな役割を担うことになった。一般的にジャズは音楽のことをよく知っているリスナーに愛好されることが多いが、絶対数が少ないこともあって、ロックやヒップホップと比べてセールス的には芳しくない。ノラ・ジョーンズは本作の大ヒットでジャズのリスナー層を一気に押し広げ、一部のジャズの在り方自体を変えてしまうぐらいの影響力を見せた。
彼女のフォーキーでオーガニック的なサウンドは、普通のジャズシンガーにも影響を及ぼし、多くの女性ジャズ歌手がノラ・ジョーンズ的なアルバムをリリースすることになった。それらは“フォーキージャズ”と呼ばれ、ここ10年の間に新しいジャンルとして定着してきている。それだけでも彼女は大きな仕事を成し遂げたと言えるのに、他にも彼女自身が大きな影響を受けたカントリー音楽へのアプローチで、アメリカーナ的なカントリー音楽にも注目が集まったことも大きい。リトル・ウィリーズやプス・ン・ブーツをはじめ、グリーン・デイのビリー・ジョーとふたりでアメリカーナアルバム『Foreverly』をリリースするなど、ブルーノートに在籍しながらアメリカーナの伝道師的な役割を担い、老舗ジャズレーベルのイメージを変えてしまったのは彼女にしかできない仕事ではなかったか。ブルーノートの社長がアメリカーナ音楽のプロデューサー、ドン・ウォズに代わったのも単なる偶然ではなく、ノラ・ジョーンズの影響だと僕は確信している。

本作『Come Away With Me(邦題:ノラ・ジョーンズ)』について
冒頭でも述べたが、本作は新人のデビュー作品であるにもかかわらず、グラミー賞8部門(主要4部門を含む)を獲得するという、まさに鮮烈な結果となった。しかし、アルバムの内容はそういう派手な結果とは真逆で、静謐(せいひつ)感の漂うフォーキーなサウンドだ。ノラの気怠いヴォーカルはジャズからの影響は感じさせるものの、アリソン・クラウス(2)のようなコンテンポラリーブルーグラスの要素も少なくない。まぁ、このあたりがノラのアメリカーナ感覚の見せどころでもあるのだ。
収録曲は全14曲で、全ての曲が傾聴すべき作品に仕上がっている。8曲がグループのメンバーのペンによるもので、彼女自身の作品は3曲(うち1曲は共作)しかないが、ノラのアレンジで彼女のカラーがしっかり表現できているので問題はない。カバーは3曲。「Cold Cold Heart」はアメリカで一番有名なカントリーシンガー、ハンク・ウイリアムズ(3)の代表曲。「Turn Me On」はカントリー界の著名なソングライター、ジョン・D・ラウダーミルクの手になる曲。もう1曲「The Nearness Of You」は「スターダスト」や「ジョージア・オン・マイ・マインド」の作者として知られるホーギー・カーマイケル(4)の作品。
彼女のピアノはとても味わい深く、若くしてこれほど弾かないプレーヤーはなかなかいない。シンプルで音数の少ないそのスタイルは、ジャズというよりはシンガーソングライター的だと言えるかもしれない。自身の音楽を表現するための最適な技量だけを披露しているところなどは、デビュー作にしてすでにベテランのミュージシャンの域に到達していると思う。
本作のドラムを担当するブライアン・ブレイド(全曲ではない)とギターのビル・フリゼル(1曲のみ参加)、そしてバイオリンのジェニー・シェインマン(2曲のみ参加)の3人は、ジャズ、カントリー、ブルーグラスの境界を行き来する達人でもあり、ノラへの音楽的影響は相当大きなものがあることは間違いないし、デビュー前からの付き合いであるジェシ・ハリスのギターワークは泥臭く(特にリゾネーター(5)を使ったスライド奏法)、ジャズ作品に登場することはほとんどないスタイルだ。
プロデュースを担当したのはアリフ・マーディン。アトランティックレコードの超大物プロデューサーだ。彼はミュージシャンの良いところを引き出すタイプのプロデュース手法で知られるが、彼でなければ素のノラ・ジョーンズを引き出すことは不可能であっただろうと思う。

本作以後のノラ・ジョーンズ
本作でまったく新しいスタイルの音楽を提示したノラ・ジョーンズは、次作『Feels like home(邦題:フィールズ・ライク・ホーム)』でも同じ路線を進むことになるが、彼女の尊敬するザ・バンドのメンバーをゲストに迎えるなど、もう少しスワンプ〜カントリーロック色が濃い仕上がりになっている。『Feels like home』も、本作と同じぐらい素晴らしいアルバムだ。
彼女の新しいアメリカーナ的ジャズの成果は、各方面に影響を与えることになり、多くの音楽的フォロワーを生み出した。日本でも人気の高いマデリーン・ペルーやエリン・ボーディなど、ノラ・ジョーンズに直接影響を受けたシンガーだけでなく、サラ・ワトキンス、イーファ・オドノヴァン、サラ・ジャローズといった若手のブルーグラスシンガーにも大きな影響を与えているのは明らかで、ノラのデビューから15年ほど経っても本作『Come Away With Me』がいかに凄い作品であったのかがよく分かる。10月には新作『Day Breaks(邦題:デイ・ブレイクス)』のリリースが予定されているので、ノラ・ジョーンズを聴いたことがないなら、この機会にぜひ聴いてみてほしい。
(1)ルーツ音楽

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF

(2)アリソン・クラウス

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B9

(3)ハンク・ウイリアムズ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%BA

(4)ホーギー・カーマイケル

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB

(5)リゾネーター・ギター

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%82%BF%E3%83%BC

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