ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

皆さんは知っていますか?今、ウクライナでは何がどうなっているのか 

DATE:
  • ガジェット通信を≫

Photo credit:新田浩之「教会と碑石が多い街、ウクライナの首都キエフ

こんにちは、Compathy Magazineライターの新田浩之です。

「ウクライナ」と聞くと、2013年11月末に起きたデモを思い出す方も多いでしょう。なぜ、あのようなことが起きたのか。今のウクライナに住んでいる人々の暮らしはどうなのか。案外知られていないと思います。

そこで今回は、ウクライナの「今」を紹介したいと思います。私は2015年の12月にキエフを訪れました。

そもそもウクライナで何が起きたのか

そもそもウクライナで何が起きたのか、イマイチ分かっていない方も多いのではないでしょうか。全てを解説すると一冊の本になるほどの内容なので、ここではなるべく簡単に解説したいと思います。

発端は2013年11月29日、ウクライナのヤヌコーヴィチ大統領がEUとの連合協定の調印を見送ったところからスタートしました。ウクライナはEUには加盟しておらず、現在の状況ではEUに加盟申請することもできません。それでもEU側はウクライナとの協力関係を強化しようと考えましたが、様々な理由からヤヌコーヴィチ大統領は調印を見送ったのです。

「ヨーロッパへの扉が閉ざされた」

そう感じたウクライナの人々は大統領の退陣を求めてマイダーンでデモを開始。この頃から、マスコミがウクライナに注目し始めたのです。2014年の2月頃からデモ隊と警察側で激しい衝突に発展。このあたりからデモ隊には過激な右派活動家が目立つようになりました。

2014年2月22日、ヤヌコーヴィチ大統領が退陣し暫定政権が樹立。これで状況が落ち着くかと思われました。

しかし、東部に住んでいるロシア系住民が暫定政権を危険視したのです。事実、暫定政権はロシア語を公用語から外すことを決定。ロシア系住民が不安を募らせたのも無理はありません。同じくロシア系住民が多く住むクリミア半島では、あれよあれよという間にロシアが「占領」。2014年3月16日、クリミア半島はロシア連邦への「編入」が決まりました。

ウクライナ東部の一部ではロシア系住民により「独立」が宣言され、このあたりから東部にてウクライナ政府と東部の「共和国」との泥沼の紛争に発展したのです。 

現在、東部では「停戦」が実現し、極右も大きく議席を減らしたので落ち着きを取り戻しつつあります。しかし問題は山積み。予断は許されない状況です。

Photo credit:calflier001 via Flickr CC

地下鉄で見たウクライナ社会の変化

私がキエフの地下鉄に乗ったとき、不思議なことが一つだけありました。昼間でも朝の通勤ラッシュ時のように大混雑なのです。私はロシアのモスクワやサンクトペテルブルクでも地下鉄に乗りましたが、それ以上の混雑具合でした。

これには本当に驚きました。同行しているウクライナ人の友人に聞いてみると、友人は首を傾げながらこう答えました。

「以前、昼間の地下鉄はこんなに混雑していなかった。おそらく正社員の職が激減し、パートタイムの職が増えたからよ。昼間混雑するのはちょうど午前と午後の交代の時間だから」。

現在、ウクライナの経済はどん底状態。紛争、ロシアによる制裁、汚職でまみれた社会構造によってウクライナ経済は低迷を続けています。地下鉄の様子からも人々の苦悩が垣間見られました。一方で、それでも頑張るウクライナの人々のひたむきさも感じたのです。

Photo credit:Przemysław Maniana「Kiev April 2014

安く旅行ができて本当にいいのか

私は友人とともにレストランに入り、ウクライナ通貨「グリブナ」について話しました。すると友人はグリブナを見ながら「グリブナの価値がどんどん下がっている…。もう数回も切り下げがあったから」と言ったのです。

確かに、2008年時点では1円=20グリブナあったのが、私が訪れた2015年12月では1円=4~5グリブナまで急落していたのです。もちろん、お金の価値が下がっているので人々の生活が苦しくなるのは当たり前。そして食費やガソリン代はどんどん上がっているのです。ウクライナに入り「安く旅行ができる」と喜んだ自分に対して腹がたってきました。

至るところにあるチョコレート屋「ロシェン」の謎

 
「ロシア革命前にはキエフには至るところに教会があった。今はチョコレート屋ロシェンが多いけどね」
友人は歩きながらそう教えてくれました。ウクライナのチョコレート企業「ロシェン」。実は現在のウクライナ大統領、ポロシェンコ大統領が経営している店なのです。ポロシェンコ大統領が大統領に就任してから、キエフには次々と「ロシェン」がオープン。人々は複雑な気持ちで「ロシェン」を見つめていました。

日本以上にあらゆる矛盾や不条理がまかり通っているウクライナ。残念ながらウクライナに明るい兆しは全く見えていません。それでも、私はウクライナの人々を思い、注視していきたいと思います。

ライター: Nitta Hiroshi
Photo by: Przemysław Maniana「Kiev April 2014

Compathyでこの旅の旅行記を見ましょう

*Nitta Hiroshi「教会と碑石が多い街、ウクライナの首都キエフ
*Przemysław Maniana「Kiev April 2014

カテゴリー : 生活・趣味 タグ :
Compathyマガジンの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP