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小林麻央の治療方針を巡り病院内で「内紛」発生し転院

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 蝉の鳴き声が響き、陽炎が揺れる真夏日のこと。市川海老蔵(38才)は、束の間の週末を楽しんでいた。

《激混み笑笑 日曜日の夏休みだもの》

 7月の最終日曜日、海老蔵はブログで都心の有名水族館に行ったことを綴った。イルカショーにはしゃぎ、マンボウに釘付けになる長男(3才)と長女(5才)。午前中には子供2人を連れてプールに行っていたことも明かしている。

「合間を縫って子供を麻央さん(34才)の実家に預け、病院へお見舞いに向かう。息をつく暇もないほど忙しい毎日です」(芸能関係者)

 海老蔵は8月中旬以降、9月17日の舞台まで異例の長期休暇に入ることを発表している。乳がん闘病中の麻央との一家水入らずの時間は間もなくやってくる。

 2014年10月に人間ドックで乳がんが発見された麻央。極秘闘病期間を経て、今年6月にがんの事実を海老蔵が報告してから2か月が経った。

 これまで、麻央は都心のA病院に入院していた。同院は乳がん治療に特化した「ブレストセンター」を設置し、乳腺外科から形成外科まで19の科が連携する乳がん治療の権威。

「麻央さんはここで最先端の放射線治療を受け、『緩和ケア科』に通院していたそうです。この科では専門スタッフがチームを組み、投薬などで患者の痛みを和らげるサポートをします。副作用のつらい治療よりも、患者の『QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)』を優先し、患者が自分らしく生きることの手助けをするのです」(病院関係者)

 しばらく同院で過ごした麻央だが、今年7月、都心のB病院に転院していた。

「著名人も多数通う大病院で、セキュリティーも万全です。『低侵襲治療』といって、体への負担を極力軽減しながらの治療法にかけては日本トップクラスの実績があります。病院にはいつもご家族の姿もありました」(別の病院関係者)

 実は、麻央の闘病生活には紆余曲折があった。ある病院関係者が明かす。

「乳がん発覚当初、麻央さんは別のC病院に通院していたのですが、彼女の治療方針を巡って院内で“内紛騒動”が起きたのです」

 C病院は都心の一等地にある全国有数の医療機関。同院の医師らは麻央の病状を診て、真っ先に抗がん剤と外科手術を提案した。

「でも、麻央さんは海老蔵さんや家族と何度となく相談を重ね、“切らないで治す”方法を考えていたそうです。彼女はまだ34才。乳房を残したいという思いもあったのでしょう」(前出・病院関係者)

 現代医学の常識では、乳がんが見つかった場合、第一に外科手術が検討される。放射線やホルモン療法はその次の段階である。手術には、患部のみを切除して乳房そのものは温存する「部分切除」か、乳房全体を切除する「全摘出」がある。

「どちらを選ぶかは患部の場所やがんの進行具合で違いますが、いずれにせよC病院の判断は“早く切るべき”というものでした。しかし、中には麻央さんの考えに寄り添う医師もいた。“患者の意向を優先させるべきではないか”と」(前出・病院関係者)

 病院と一部の医師は対立。結果的に、C病院を辞めた医師もいたという。

「麻央さんもまた、この一件の後、転院することになりました。のちにC病院では、彼女側に立った医師の責任を問う事態にまで発展したそうです。“本来、切るように患者を説得するべき立場にもかかわらずそれを怠った”と」(前出・病院関係者)

 女性セブンは内紛騒動時、麻央についたとされる1人の医師に辿りついたが、当人は、「その件についてはお答えできません」と、話すのみだった。

※女性セブン2016年8月18・25日号

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