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「胃ろうでも味わう楽しみを…」口からの摂取復活を考えたきっかけとその後の話

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私たちは、何気無く、当たり前のように1日3回食事をしています。ときには、おやつ、休憩と称して間にお茶やお菓子などをつまむこともあります。「美味しい」とか「まずい」とか言いながら、口から摂取し、食事を楽しんでいます。

義母は10年近く前から、1日3回の食事を胃ろうからの栄養食(液体)で摂取しています。そんな中、5か月前から口から咀嚼しながら摂取することに挑戦しており、そこで起きた義母の変化(?)とともに、認知症高齢者の胃ろうについてお話したいと思います。

義母が胃ろうになったきっかけ

義母がなぜ胃ろうになったのか…記憶が定かではないのですが…歩くことや食べることなど、日常生活に意欲がなく、声かけや介助が必要になってきた頃に、膀胱炎の発熱で入院しました。

入院で点滴したり、食事摂取に向き合う介助の手が足りなかったことも重なって、食事をしない日が続きました。やせ細っていく義母に対し、主治医から胃ろうを勧められました。息子である主人と、娘である姉たちの『母を餓死させたくない』という思いから、胃ろうを造設しました。

生命維持のための栄養注入

あれから約10年、ベッドの上で行える食事介助は介護者側にとってとても楽です。ただ注入するだけですから…付き添う必要もありません。

ん?食事介助…食事?食事とは言えない、生命維持のための注入になっています…悲しいことに…。もちろん胃ろうになっても、胃ろうを外し、口から摂取できるようになった人はいます。しかし、あのころの私には、胃ろうを造設されたことで口からの摂取はありえないことだと思っていました。

造設直後は可哀想だと思いながらも、栄養が身体全体にしっかりと行き届き、顔色、体つきが元に戻っていくことを複雑な思いで見守り…そしてその思いも薄れ、約10年間、胃ろうでの食事が続いています。

夏になれば水分量を増やしたり…病気になったらカロリー食を減らしたり、増やしたり…主治医の指示のもと、何気無く、当たり前のように胃ろうからの経管栄養食を注入し続けています。しかし、そんな状況に疑問を投げかける出来事が身近で起きたのです。

後悔先に立たず…

昨年末、誤嚥性肺炎で入院した従姉妹が亡くなりました。口からの食事ができなかったため胃ろう造設をしたのですが、身体が胃ろうからの注入を受けつけず…。口からの摂取を禁止された状態で、従姉妹は叔母(母親)に、「コーヒーを飲ませて欲しい」と訴えたそうです…しかし禁止されている…「味わうだけでも…1滴だけでも…」と、主治医に直訴したそうですが…ダメだったそうです。

それがずっと悔いとして心に残り、従姉妹を看取ったあとも、叔母は心が晴れずにいるようです。この件があり、約10年間、口から摂取していない義母に《口から…味わう楽しみ》って復活できないかな?という思いが湧き上がりました。

訪問看護時に、雑談のようにその思いを告げると、「いいかも!」という看護師さんからの返事。ケアマネに伝えると、「いいと思う」という返事。主治医にこの思いを伝えると、「お義母さんの現状、自分の立場では『やれるよ』とか、『やっていいよ』とは言えない。摂取するために検査すればOKが出るとは思えない。しかし、家族の思いを尊重するよ」と、心強い言葉をもらいました。

口からの摂取を…味わう程度でいいから…義母と私にとって大きな一歩を踏み出しました。

周囲の協力あってこそ実現

担当者会議が開かれ、主治医から、家族や関わっている事業所へ、リスクや摂取前後の口腔ケアの大切さなどの説明があり、何かあっても誰の責任でもないこと、連携して本人・家族を支援するという共通の思いを確認し、そして、「何かあった時にはすぐに駆けつけますよ」と、心強い後押しをしていただき、訪問看護の時に小さな小さなスプーン1杯のジュースを舌の上にのせることから始まりました。

あれから5ヶ月が過ぎました。胃ろうは変わらず続いています。しかし今では、ST(言語聴覚士)さんのアドバイスをいただきながら、小さなアイスクリームや果物の汁にとろみをつけ、10回ほどに分けてモグモグごっくんと味を楽しめる?ようになりました。

私が感じた義母の変化と在宅介護に必要なもの

ほとんど反応がなく過ごしていた義母が、嫌なことを声や顔で表すようになりました。家事をしながら義母のそばに近付くと、声をあげて私を呼ぶようになりました。排便をした時に、声を出して教えてくれるようになりました。

もしかしたら、気のせいかもしれません(笑)でも、そう感じるのです。主治医からは、「咀嚼することは、脳にとってとてもいい刺激なんだよ。頑張れ!」と、激励されました。

この頃、在宅介護において、《支援の輪を広く持つこと》《思いを伝えること》が、介護の負担軽減や喜びに繋がると、つくづく感じています。関わってくださる方々に、心から感謝しています。

この記事を書いた人

満枝

1961年生まれ。若年性アルツハイマー病を発症した義母の在宅介護を21年間山あり谷あり続行中。育児と介護を同時に行うダブルケアの経験者。現在、育児は卒業。在宅介護で潰れそうになった経験から、《育児も介護もたくさんの目と手と心が必要》と実感。現在は、認知症サポーターメイト、民生委員として、その思いを発信中。

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