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佐伯啓思氏「『トランプ大統領』登場を保守再興の福音に」

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 国防、経済、思想。日本の戦後は、アメリカとともにあった。いまアメリカが自国優先主義に舵を切ろうとしていることに、保守陣営にも動揺が走っている。だが逆にいえばアメリカの価値観から脱却し、我々が本来持つ精神を取り戻す絶好の機会とも言えよう。社会思想家の佐伯啓思氏が解説する。

 * * *
 共和党候補のトランプ氏は、「在日米軍の駐留費を日本が負担しなければ、米軍を撤退させる」と発言している。どこまで本気なのかは不明だが、彼が一貫して主張しているのは、「アメリカの得にならないことはもうしない」という、むき出しの「アメリカ中心主義」である。

 日本や韓国を守る義務はない、TPPにも参加しないとぶち上げているが、それをアメリカの大衆が支持している現実を、我々は直視する必要がある。

 日本の戦後保守は、日米同盟さえ維持すれば日本の安全は保障される、アメリカ型の新自由主義を模倣していれば恩恵を享受できると信じてきたが、そういう時代は、終わりつつある。

 もちろん、大統領選でヒラリー氏が勝つ可能性も十分あるが、世界を見渡せば、トランプ的な自国最優先、一国中心主義が席巻しているのもまた事実だ。冷戦以降の世界では、市場経済と民主主義、自由と権利、法治主義などを共通原理とするグローバル世界が理想とされてきたが、グローバル化が進むほど、現実には資源や資本、市場を巡って国家間競争が起き、貧富格差も拡大した。そうした矛盾が看過できなくなるほど増大したのが今の世界だ。

 安倍首相は日米同盟の基礎は「価値観の共有」にあるという。しかし、そもそも市場競争の経済や民主主義、基本的人権といった価値観は、日本人が昔から持っていたものではない。貸衣装に過ぎないアメリカの価値観に無理やり袖を通して、着飾ってきたといった方がよい。

「価値」とは、それに対する侵害や破壊から命を賭しても守らねばならないものである。確かに欧米における今日の反イスラムの風潮は、自由や民主主義という価値をイスラム過激派の攻撃から断固として守るという意志の現われで、そこから彼らのナショナリズムが生まれる。ところが、日本には、借りてきた「価値」しかないので、本当の意味のナショナリズムさえも成立しなかった。

 では我々はどこに向かえばよいか。トランプ大統領誕生で、在日米軍が撤退、または縮小されれば、中国と北朝鮮が挑発行為を仕掛けてきても不思議ではない。

 米軍が撤退したからといって、日米同盟を破棄する理由にはならず、現実には堅持すべきであるが、米軍の抜けた穴を埋めるために、自衛隊を強化して自己防衛体制を築かねばならない。安倍首相が進めてきた集団的自衛権の発動を期待した防衛体制ではなく、個別的自衛権をベースにした防衛体制を整備していくべきだ。

 集団的自衛権については憲法解釈を巡ってさまざまな議論があるが、個別的自衛権まで否定する者はほとんどいない。ゆえに、憲法改正は必要ないとも言えるが、もしアメリカの核の傘から抜けるとなれば、核武装や弾道ミサイル等の配備も想定されるので、軍事力を明記した憲法改正は視野に入ってくる。

 TPPについても、巨大市場であるアメリカが参加しないとなれば、日本も参加する意味はなくなる。しかも、グローバル経済の破綻が見えてきたなかにあっては、TPPの恩恵が得られるのはせいぜい数年で、逆にベトナムなど東南アジア諸国の安価な製品が日本市場に進出することも考えられる。

 アメリカが加盟しないのであれば、TPPそのものが機能しないだろう。輸出を中心に据えたグローバル経済から、むしろ地産地消型の国内経済重視の体制に転換すべきである。

【PROFILE】佐伯啓思●1949年奈良県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院博士課程(経済学)修了。『正義の偽装』『さらば、資本主義』(いずれも新潮新書)など著書多数。

※SAPIO2016年8月号

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