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【『美味しんぼ』海原雄山のモデル】ビジネスパーソンが見習いたい!美食家・北大路魯山人の飽くなき探求心

【『美味しんぼ』海原雄山のモデル】ビジネスパーソンが見習いたい!美食家・北大路魯山人の飽くなき探求心 f:id:arkcomm:20160708131441j:plain

夏が近づいて、薄着と体型が気になる季節に入りました。健康と財布にやさしい、納豆の力を借りる日々へと、今年も突入したわけですが、いくらおいしかろうと毎日では飽きてしまいます。そこでまだ試していないレシピを探していると「納豆茶漬け」なる食べ方を見つけました。なんと作り方を書いているのは、美食の大家である北大路魯山人です。京都生まれなのに納豆好き? ともすれば贅沢なものばかり食べていると思われかねない美食家・魯山人先生の、食に対する強烈なこだわりや人となりを少し紹介します。

Dang Dang 気になる嫌われ魯山人の一生

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唯我独尊を貫いた毒舌家&芸術家

魯山人は明治、大正、昭和の三代を生きた人物で、1883(明治16)年に京都で生まれ、1959(昭和34)年に横浜で亡くなりました。

自らの美的欲求の赴くままに、料理、陶工、書、茶を究めんとし、42歳の時に東京・永田町でオープンした会員制の高級料亭「星岡茶寮」を舞台に、料理をとりまく総合的な美を築き上げたことで有名です。

性格は無遠慮で気難しく偏屈、口を開けば他人の悪口ばかりの毒舌家であったため、敵も多かったといわれています。現代では、マンガ『美味しんぼ』のラスボス・海原雄山のモデルとして知られているため、私たちも何となくイメージがしやすいのではないでしょうか。

激烈な個性は非常に複雑な家庭環境などが影響しているとされますが、星岡の成功後も、星岡の解雇、戦争と困窮、人間国宝の辞退、没後に起きた一大贋作事件とエピソードには事欠かない壮絶な人生を歩んでいます。

魯山人、オオサンショウウオを鍋にする

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鍋にすると翌日の方がうまいらしい

『山椒魚』といえば井伏鱒二を思い出しますが、魯山人も同じ題名の文章をしたためています。ただし内容は「オオサンショウウオを食べたらとてもおいしかった」というグルメ批評です。

本人によれば味はスッポンを上品にした感じで、非常にうまく、汁もうまいと味を絶讃。ぶつ切りにして長時間煮たものの、なかなか柔らかくならず苦心していますが、一晩寝かせたオオサンショウウオはやわらかくなり、不思議と皮がとろとろになると書いています。そして特筆すべきは香りに関する記述です。

腹を裂いたとたんに、山椒の匂いがプーンとした。腹の内部は、思いがけなくきれいなものであった。肉も非常に美しい。さすが深山の清水の中に育ったものだという気がした。そればかりでなく、腹を裂き、肉を切るに従って、芬々ふんぷんたる山椒の芳香が、厨房からまたたく間に家中にひろがり、家全体が山椒の芳香につつまれてしまった。ー『山椒魚』より、1959(昭和34)年

オオサンショウウオはその内に保護動物となり、限られた地域にしかいないので入手が困難でしたが、偶然手に入った時はおいしく食べていたそうです。国の特別天然記念物に指定されてからは、捕食が完全に禁止されましたので現在では幻の珍味となりました。もし鴨川付近を這ってる子を見つけても、晩のおかずにしてはいけません。

現代でいえばディレクターorプロデューサー? 魯山人に学ぶ『仕事の成し方』

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