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宅急便の父に迫ったノンフィクション 著者が明かす裏側

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 東京・品川駅高輪口を出て、小高い坂を登りきると、真っ白な十字架のモニュメント塔が特徴のカトリック高輪教会にたどり着く。この教会の地下納骨堂に、「宅急便の父」といわれた小倉昌男さん(享年80)は眠っている。12回忌となる今年6月30日、ジャーナリストの森健さん(48才)は、小倉さんの墓参りに訪れていた。

 森さんは1月にノンフィクション『小倉昌男 祈りと経営』(小学館)を出版した。小倉さんの実子にも取材して、父親としての素顔をつまびらかにした同書は大きな話題となっている。森さんは、墓前で手を合わせると、数分間、目を閉じて祈り続けた。

「小倉さんが墓まで抱えていった秘密を暴いたのです。だから、本日はお詫びしにきたんです」(森さん)

 森さんに、これまで語られることのなかった小倉さんの素顔を聞いた。小倉さんは1971年、父の後を継いで、40代でヤマト運輸社長に就任。1976年、民間で初めて宅急便サービスを始めた。

 当時、日本でこのサービスをしているのは郵便局のみ。小倉さんは、郵政省(現・日本郵政グループ)や運輸省(現・国土交通省)と話し合い、一歩も引かずに規制緩和を実現した。

 ヤマト運輸を急成長させた敏腕経営者だった彼を、強力なリーダーと評する声は多い。私生活では、教員をしていた8才年下の玲子さんと結婚。ふたりとも熱心なクリスチャンだった。その後、長女・真理さん(58才)、長男・康嗣さん(56才)と2人の子供に恵まれた。

 東京・南青山に住み、妻と行く年に数回の北海道旅行を楽しみにしていた。どこから見ても幸せそうな家族だったが、小倉さんが自分の口から家族について語ることはほとんどなかった。

 1995年に同社退社後、巨額の私財を投じてヤマト福祉財団を設立した。

 森さんが語る。

「投じた私財総額は、なんと時価総額で46億円の株です。なぜそんなにも福祉活動に力を注いだのか──この疑問が、同書を書くきっかけとなりました。

 その謎を解くために、いろいろなかたたちに話を聞きました。ご本人はもう亡くなっているので、同じ話を何人にも聞かなくてはいけない。そうして、取材内容の精度を高めていきました。何人ものかたに話を聞きましたが、いつも取材対象者の話がなぜか福祉やお金という本筋から、小倉さんのご家族の話になっていくのです」

 特に真理さんの破天荒な一面が浮かび上がった。真理さんは、名門お嬢様学校の雙葉高校を卒業後、ハワイに留学して、現地で知り合った日本人男性と結婚したが、5年後に離婚。30才で実家に出戻り、ヤマトの子会社に就職した。会社員にもかかわらず、自由奔放な行動をよくしていたため、上司に諫められることもしばしばだった。仕事が終わると街に出かけ、夜遊びを繰り返した。

 そんな真理さんを小倉さんは一度も責めることはなかった。それどころか、注意した上司を小倉さんが怒るというようなこともあったという。

「そんな家庭の状況に妻の玲子さんは胸を痛めていました。周囲から冷たい声も浴びせられ、そのストレスで狭心症を患ってしまったんです。さらにアルコール依存症にまでなってしまいました。結婚当初は、コップ1杯のビールで赤くなっていた人なのに。これは、どうやら私の疑問の答えは、家族にあるのではないかと思うようになりました。

 これまでまったく表に出なかった内容ばかりだったので、ご家族に取材できないとノンフィクションとして成立するのが難しいなと思いました。

 玲子さんは亡くなっているので、真理さんと康嗣さんに直接話を聞かないといけないと思い、さまざまなルートでお願いをしました。結局、ネットで康嗣さんの名前を見つけて、連絡を取り、真理さんにも取材ができました」(森さん)

※女性セブン2016年7月28日号

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