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武田家と上杉家当主 末裔ならではの気苦労を語る

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“越後の龍”、“甲斐の虎”と並び称された宿命のライバルである上杉謙信と武田信玄。2人が五度にわたって干戈を交えた「川中島の戦い」は、いまでも伝説となっている。今回、両家の直系子孫である上杉家第32代当主・上杉邦憲氏(73)と武田家第17代当主・武田邦信氏(68)の初対談が実現。川中島から450年の時を経て、“龍虎”が再び相まみえる──。

〈上杉氏は東京大学大学院卒業後、文部省宇宙科学研究所へ。その後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)でロケットの開発に従事、現在は民間の宇宙事業機関の理事長を務める。一方の武田氏は大手商社を退職の後、法務省人権擁護委員、国連UNHCR協会の理事を兼務。また武田家当主として家臣団をまとめる「武田家旧温会」の最高顧問でもある。2人とも、さすが名家出身というべき輝かしい経歴の持ち主である〉

上杉:子孫だということはなるべく言わないようにしています。何せ名前が重い。私は疎開して米沢(山形)の小学校に通っていたのですが、上杉家の城下町なだけに担任教師も謙信公を尊敬していて「お前は謙信公の子孫なのに何をやっているんだ」と叱られる。子供の頃はそれが嫌でしょうがなかった。それに知られた時の周囲の反応が面倒くさい。「世が世なら側にも寄れませんな」なんて言われると、もう鬱陶しい。

武田:同じですね。まあ、私はそう言われたら「もう一度、その時代に戻りたいな」とチクチク返していましたけど。

上杉:ワハハ! しかし実際のところ、知られたくないというのが本音です。だから自分から「○○の末裔」と売り込んでくる人は怪しいと思ったほうがいい。

──でも上杉さんはメールアドレスが「TONO」ですよね?

上杉:あだ名がずっと「殿」でした。小さい頃は「バカ殿」でしたけど(笑い)。アメリカのNASAの研究所に留学した際、現地の人が「UESUGI」がうまく発音できないので、ニックネームが日本時代と同じ「TONO」になった。だから自然にメールアドレスも「TONO」に。いまさら変えるわけにもいかず、以来30年間そのままなんです。

武田:末裔ならではの気苦労もあります。武田家には、いまも家臣団がありまして、「うちの先祖は二十四人衆の誰々だ」とか、皆それぞれ信玄公の家臣だったことを誇りに思っている。それを潰さないように生活しなければならない。「なんだ武田の御曹司は」と言われないように言動にも気をつけています。

上杉:それは私もまったく一緒です。上杉家には家臣団はありませんが「まわりを大事に」というのは謙信公以来、代々伝わる家訓で、時代は変わってもその心は続いています。

──恥ずかしい振る舞いはできない。人前で酔っ払ったりするのもダメですか?

上杉:それは別ですね(笑い)。当主というのは酔っ払った方がいい。みんなが安心するから。しかも上杉家は酒豪で知られる謙信公以来、酒は強い。私ですか? 酒が強くなければ当主はやってられません。

武田:私はまあまあですけどね(笑い)。

※週刊ポスト2016年7月22・29日号

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