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『千日の瑠璃』25日目——私は虹だ。(丸山健二小説連載)

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私は虹だ。

うたかた湖とうつせみ山を結んでまほろ町をひとまたぎにする、何ら底意のない虹だ。限りない索漠さを秘めた冷たい雨があがって、地上はふたたびいくばくかの可能性を孕んだ陽気な光に覆われてゆく。そして、いつまでも正義の大道を踏み行なうことができない者や、晩節を全うできそうにない者が、さも眩しそうに顔をしかめて、私を見上げる。ほかの人々も私に気づき、ほんの数秒間だけ胸のうちの蟠りを忘れるが、すぐにまた、通常通りのせかせかした営みに戻ってしまう。

それでも、私の核心に迫り、あわよくば私の下をくぐり抜けようという破天荒な試みに挑んだ者がふたりいる。ひとりは、万物と誼を通じているあの少年世一、もうひとりは、定年退職後、湖畔の別荘に引きこもって余生を送っている元大学教授。世一はいくらも歩かないうちに徒労を直観し、オオルリという待つ者がいる丘の家へ帰って行く。

しかし、元教授は決して諦めない。妻の忠告を無視して自前のボートに乗りこみ、腕まくりをしてがむしゃらに漕ぎ出す。科学者でも経済学者でもなく、幾度でも同じ古典を繙く文学者の彼は、私のなかにスペクトル以上の真理を予感し、死を超越した何かが実在するかどうかを確かめようとして、分際も弁えずに、こっちへ向ってぐんぐん近づいてくる。文学にも哲学にもなかったものが私のなかにきっとあると信じて、突進してくる。
(10・25・火)

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