『千日の瑠璃』24日目——私はハンググライダーだ。(丸山健二小説連載)

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私はハンググライダーだ。

てっぺんに風に吹かれて揺れる少年がいる片丘を巡って、いつまでも飛びつづける渋色のハンググライダーだ。私を一点の曇りもない心と高度な技術で操っているのは、曲りなりにも独力で生活している若者だ。地元の人間ではない。彼はたまたまここを通りかかり、飛びたくなったのだ。初めて私を見る人々は、あんぐりと大口を開けている。

油断は禁物だ。突発性の下降気流が、私を叩き伏せてやろうと狙っている。私の真下では、裸出した岩肌が落下物を切り刻もうと牙をむいている。そして真上では、数千キロメートルを翔破した候鳥の一群が、まだまだ未熟な私の滑空に冷笑を浴びせている。周辺には花粉や挨以外にも浮游物がある。烏のはばたきをさかんに真似る少年の熱い想いが、私を追いかけてくる。この際、言うべきことはきちんと言っておこう。人は鳥になれないのだ、と。しかし、私に付き纏うそれは耳を貸そうとしない。

湖を眼下に見る若者、地上では平坦な日々を送る青年、彼は感極まって「おれは鳥だ」とうそぶく。私でさえ口にしない大それたその言葉は、愚鈍そうな少年の耳に届いた。懲らしめなくてはならないと考えた私は、手に負えそうにない複雑な気流のなかへと突っこんで行く。湖があるから、私の損傷の度合いも若者の怪我の程度も、おそらく大したことはないだろう。少年の想いがまだ追ってくる。
(10・24・月)

丸山健二×ガジェット通信

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