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『千日の瑠璃』23日目——私は脳だ。(丸山健二小説連載)

 

私は脳だ。

些か麻痺はしていても、世一を世一たらしめ、世一の自己の拠り所となっている、美しい脳だ。世一の感情が鈍麻していると実の親ですら誤解するのは、手足や顔面の筋肉の動きがばらばらで、そうした病気にやられていない人間の表現とは大きく掛け離れているからだろう。なかには、私が喜悦の感情のみを持っているものと信じて嫉視する輩もいるが、それはとんでもない間違いだ。

私は不安も悲しみも作り出せるし、そこから怒りを呼び起こすことだってできる。私は、世一が生きていることの最大の証しでもある悲喜の涙を涸らすような真似は絶対にしない。そして世一は、私以外の尺度を一切持ち合せていないのだ。彼は心そのものである私に、相手が自分と同じ仲間に属すかどうかを判断させ、私が出した答に従い、即応する。

私はまほろ町を満たす一切を容認し、すべてを受け入れる。ここには世一の仲間でないものは何ひとつとしてない。言葉にさほど頼らない世一は、よしんばそのへんにころがっている小石にも、まだ意味不明の声しか出せない乳飲み子にも、犬語しか話せない犬にも、考えている以上のことを伝えられるのだ。人怖じしない私は、他人の胸のうちにずかずかと踏みこみ、ときには叱られてすごすごと引き下がる。これまで私は、自分で自分の正体を探ろうとしたためしは一度もない。しかし、これからはどうだかわからない。
(10・23・日)

丸山健二×ガジェット通信

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