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『千日の瑠璃』19日目——私は夜明けだ。(丸山健二小説連載)

 

私は夜明けだ。

ひっそりとまほろ町に訪れた、取り立てて言うほどのこともない夜明けだ。私は、夜に浄化された新鮮な大気にたっぷりと光を与え、多種多様な動植物にはあしたにつながる勇気と、きょう絶え果てるやもしれぬ恐怖とを与えてやる。それから、小路や路地に潜んで尚も徘徊しようとする闇の残党を狩り出し、墓地の片隅で揺らぐ物の怪の腥い吐息を追い払い、少しずつ昼の手筈を整えてゆく。

そして私は、丘の上の一軒家で飼われている籠の鳥のために、さえずりのきっかけをしつらえてやる。きょうこそは何が何でも鳴かせてみせるという意気込みで、よくよく吟味した刺戟的な光を、そのオオルリの青々とした魂に直接降り注ぐ。オオルリはあまりの眩しさとあまりのときめきにどうしていいのかわからず、まごまごするばかりだ。夢幻のわが身を信じよ、と私は言って煽る。すると小鳥は、嘴をかっと開く。

かくして最初のさえずりが始まる。むろんあらん限りの声を振り絞ることができる成鳥には遠く及ばないが、華麗さの点では決して引けを取らない。なかなか見どころのある幼鳥だ。ただ残念なのはそれを聴いたのは私だけで、飼い主の少年は籠の方へ頭を向けたまま熟睡している。彼の家族もまだ眠っている。私はオオルリのさえずりを機に刻一刻と勢いを増し、中天高く広がり、さほどの支障もなく、いつもの務めを果たしてゆく。
(10・19・水)

丸山健二×ガジェット通信

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