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『千日の瑠璃』11日目——私は噂だ。(丸山健二小説連載)

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私は噂だ。

花屋のどら息子が仕入れてきて床屋のおやじが撒き散らした、それなりに信憑性の高い噂だ。私は機敏に立ち回り、たった半日でまほろ町の隅々を駆け巡った。人々は皆、「こんな町にそんな連中がやってくるなんて」と言い、一様に顔を曇らせはしたものの、自分たちの眼が少年世一を見るときよりも異様に輝いていることには少しも気づかなかった。

そして、とりわけ物見高くて暇を持て余している者たちは、居ても立ってもいられなくなり、真偽のほどを確かめようと、ネオンサインが全部で三つしかない町一番の盛り場へと繰り出した。かれらは九分通りの仕上がりをみせている三階建ての黒いビルを仰ぎながら、口々にこう言い合ったものだ。「ただの雑居ビルだとばかり思っていたのに」と。それからかれらは、何でも知り顔に口をださなくてはいられない性分の男に説明されて、慄然とした。

男は沈着を装いながら、こう言った。通りに面した窓が少なく、あっても極端に小さいのは、また、玄関からいきなり二階へと通じている階段がいやに狭くておそろしく急なのは、すべて抗争に備えた造りだからだ、と。土地の所有者だった八百屋の若主人は、買った相手が身分を偽って正体を明かさなかったのだ、とでかい体を小さく丸めて弁解した。

今夜私は恰好の酒の肴になり、町全体に奇妙な活力を与えた。
(10・11・火)

丸山健二×ガジェット通信

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