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切迫流産の危機に自分を責め続けた日々。母がかけてくれた意外な言葉に救われました

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妊娠20週目に、出血がありました。幸い土曜日で夫も私も家にいたので、あわてて車で病院へ向かいました。腹痛もさほどなく出血も止まっていることから、自宅で安静ということになりました。

それからは、会社も休み、ひたすら家で横になっている日々。夫も慣れない家事を一生懸命やってくれましたし、1時間圏内に住んでいる私の母が毎日やってきて家事をしてくれました。そういう意味では、恵まれていたと思います。

しかし、切迫流産という言葉が頭から離れたことはありませんでした。義理の両親には知られたくなかったので夫に口止めをしていたり、自分でその事実を抱え込むようになっていました。 関連記事:いつものむくみと思ったら…まさかの切迫流産。妊娠中の不調は我慢しちゃダメ!

そして、スマホとテレビだけが友達のような生活をしていると、どんどん気持ちが落ち込んでいきました。「どうしてこんなことになったんだろう」、「鍋を持ったのが悪かったのか」、「階段を何回も上り下りしたのが悪かったのか」・・・切迫流産を起こした原因を考え続けて、自分を責めてしまうのです。

せっかく授かったこの子がいってしまったらどうしよう。夫にもあちらのご両親にもなんて言えばいいんだろう。ふと涙がこぼれるのです。今思うと、少しノイローゼ気味だったのかもしれません。

何日も暗い顔をしている私を見かねたのか、手伝いに来てくれていた母が私に言いました。

「もしこの子が流れちゃうとしたら、あなたたち夫婦と縁がなかったってことなんだからね。仕方がないことなんだよ」

この母の発言をひどい、冷たいと非難する人もいると思います。でもそのとき私は「ああ、そうか。仕方ないことなんだ」と納得しました。心のモヤが少し晴れた気すらしたのです。

流産しかかった私は自責の念に苦しんでいました。私を許してくれる、もし流産しても私は悪くないという言い訳を探していたのです。

母の言葉にこれ以上自分を責め続けたくなかった私はすがりつきました。もしだめでも縁がなかったんだ。仕方がないんだ。不安を感じたら呪文のように心の中で繰り返しているうちに、私の精神状態は落ち着いていきました。

もちろん赤ちゃんを無事に生みたいという気持ちは強く持っていました。でも母の言葉が、不安になりがちな安静中の私の支えになったことは確かなのです。

その後、私は元気な女の子を出産しました。母は泣いて喜んでくれました。

もしあの言葉を義母や友人に言われていたらどう思っただろう。たぶん、なにかひっかかりを覚えたのではないかと思います。母は私の性格をよく理解していたので、私の救いになる言葉をくれたのでしょう。そして私も母の赤ちゃんに対する愛情を疑わず、すんなり言葉を受け止めることができた。私と母との間に信頼関係があったからこそ、あの言葉は救いになったのだと思います。

私の子供も娘で、将来彼女を助けてあげられることができるか今の私にはわかりませんが、強い信頼関係を築けるようになりたいと思っています。 関連記事:2度の流産。「赤ちゃんはママの体の安全のために自ら手を離す」と医師から聞いて涙 by 前川さなえ

著者:ルナ

年齢:34歳

子どもの年齢:10歳

まだまだ新米ママです!仕事を辞めざるを得なかったので、職探しとかしなくちゃいけません。でも、今はまだベビーと一緒にいたいと思っています!

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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