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娘が「ダウン症の疑い」。告知を受けて退院、そして大病院での確定診断<後編>

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【前編はこちら】

「ダウン症の疑い」という告知を受け、生後8日の新生児を連れて大病院へ。

ちょっとした不手際が重なり、空腹時に採血検査を受けさせてしまったため、診察前に赤ちゃんは大泣き。

それでもなんとか採血を終え、ミルクを飲ませておむつを換えて、赤ちゃんの機嫌も落ち着いてきました。

授乳室から出て小児科の待合いスペースに戻ると、すぐ看護師さんに案内され、ようやく担当医の待つ診察室へ通されました。

一応は9時の予約だったのですが、色々あったせいか、時刻は既に11時に近くなっていました。

「おはようございます。お待たせしてすみませんでした。採血、頑張ったね」

と、穏やかに赤ちゃんに語りかけてくれたのは、いかにも小児科のお医者さんといった優しげな雰囲気の、メガネ姿の男性医師。ここではメガネ先生としておきます。

メガネ先生からは、まずは出産時の状況や、体重の増減などについての一般的な問診がありました(こちらが話した内容はパソコン上の電子カルテに記入されてゆき、この辺りはさすが先端医療も行う大病院だな、と感心してしまいました)。 関連記事:生後2ヶ月、原因不明の高熱で入院。たくさんの検査を小さな体で乗り越えた我が子

そして授乳についての話の中で、先程のミルク120mlについて述べたところ、

「ああ、それはすごいなぁ! すごい!!」

と、何故そこまで? と思ってしまうほど、それまでの会話とは違う調子で褒めて貰えました。

——この時はピンと来ていなかったのですが、『ダウン症児の初期の哺乳不良』というものについて、後日に先輩ママから聞いたところによると、

「赤ちゃんの頃は、30分かけて5mlのミルクを飲むのがやっとだった」

などという話もあり、なるほど、それならあの時、娘はメガネ先生に褒められもしたわけだ…と、妙に納得してしまったのでした。

続けて、メガネ先生による「ダウン症」の解説も。

21番染色体が3本になっているのが原因ということで、医学的には「21トリソミー」とも呼ばれるそうです。

赤ちゃんには外見的な特徴がいくつか見受けられるものの、染色体検査をしない限り、ダウン症なのかどうかということは言えない。

そうした検査(G-分染法と呼ばれるものだそうです)は外部の機関に委託することになるので、結果が判明するのには時間がかかる…と、いった内容でした。

そして、念のためにダウン症の合併症としてよく見られる病気の検査をしておきたいと思います、とのこと。

「ダウン症のお子さんは、心臓に穴が空いていたり、なんらかの疾患があることが多いです。心臓の状態はエコーで確認できますので、別の科に行っていただくことになるんですが、エコー検査の予約を入れておきますね」

と、再びパソコンを操作するメガネ先生。

各科間での診療予約も、こうした形で取れるようでした。

「あと、それほど率は高くないのですが、エネルギー代謝を調節するホルモンである、甲状腺ホルモンの分泌量が低下するという病気がみられることもあります。ホルモンについては、血中の濃度を確認すれば状況がわかります。採血は済んでいますし、ホルモン濃度はこちらの検査で測定できますので、血液検査のデータが届くのを待っていてください」

病院内での検査結果が返ってくるまで1時間以上はかかりそうだということだったので、それを待つ間に、心臓のエコーを診てもらうことになりました。

メガネ先生から渡してもらった案内の紙を頼りに、小児科を離れてエコー検査の診察室へ向かいます。

予約のおかげか、すぐに名前を呼ばれて小さな部屋に入りました。

室内には、妊婦健診の時に見慣れていたようなエコーの設備とベッドがあり、心臓が専門の方なのでしょうか、別の医師がいました。

「赤ちゃんでエコーを見る場合は、眠ってくれたらやりやすくなるんですよね」

「さっきミルクをたくさん飲んだので、そろそろ寝ると思います」

というこちらの期待通りに、眠気が訪れたようで、ベッドに寝かせて肌着を脱がせても(ちなみに夏場の新生児だったので、紙おむつの他には柄入りのコンビ肌着1枚+タオル地のおくるみという格好での受診でした)、赤ちゃんは大人しくしていました。

室内の照明が落とされ、大きなモニタには懐かしのエコー映像が映しだされます。プローブを動かし、医師はあれこれと確認している様子でしたが、付き添いのこちらにしてみれば、暗く静かな部屋で座って、モニタに映し出される白黒の映像をじっと見ているという状況。

素人目には一体どこが心臓の何なのか、そしてどういう状態だったら良くて、どういう状態だったら問題があるのか、さっぱり判断がつきません。

そういえば、こちらも夜中の授乳などをしながらの産後8日目。

朝からのバタバタや新生児の受診という非日常の事態に一息つけたからか、抗いようのない眠気が…。

あ、いかんウトウトしてた。でも寝るなっていうほうが無理……いやいや、大事な娘の診察中じゃ……… 幸い、私が寝落ちするギリギリ前くらいで診察は終わってくれました。

実際の診断については何が何やらだったのですが、ともあれ心臓について特に異常はないようですという、医師からの所見にほっとしました。

そしてまた、すっかり寝てしまった赤ちゃんを抱いて小児科へ戻りました。

時刻はもう正午を過ぎており、午前の他の診療は終わったのか、待合スペースはがらんとしていました。

名前を呼ばれて、再びメガネ先生の診察室へ。血液検査の数値が並んだ表を示してもらいながら説明を受けました。

心配されていた甲状腺ホルモンの値は、正常値の範囲内だということでした。ただ、おそらくは朝の採血時に空腹だったせいで、赤ちゃんにしては全体的に少し血液が濃い数値が出ているので、今後はしっかり授乳をしてあげてくださいね、とのこと。

「今日は以上です、長い間お疲れ様でした。染色体検査の結果なんですが、1か月健診をこちらで受けていただこうと思いますので、その時にお伝えする、という形でいかがですか?」

「1か月って、生まれてから、ということでしょうか?」

「はい、その頃だとちょうど、外部機関からの結果も返ってきていると思いますので」

という訳で受診時の約3週間後、ちょうど娘が生後1か月となる日の診察予約を、これまたメガネ先生のパソコンで取って貰いました。

これでやっと一段落。

朝に慌ただしく通り過ぎたエントランスホールへと戻って、会計窓口でまた保険外の結構な金額を支払い(こちらも後日、払い戻して貰いましたが)、ようやく大病院を後にしたのでした。

そして、娘が生後1か月になった、夏の盛りの暑い日。

前回の反省から午後にした予約時間に、仕事が休みだった夫とともに再び大病院へ行きました。

この日の小児科はさほど混んでおらず、1か月健診の身体測定などもすぐに終わりました(わずかですが身長も体重も増えており、安心しました)。

名前を呼ばれてメガネ先生の診察室に入ると、こちらをどうぞ、とモニタを示されました。

「染色体検査の結果になります」

そこには21番染色体が3本ある図、『ダウン症』で画像検索をすれば目にする機会の多くあるような図がありました。

「えーと…3本ありますよね」

「そうですね。21トリソミー、いわゆるダウン症候群ということになります」

淡々と、メガネ先生は確定診断を告げました。

そして、丁寧に説明をしてくれました。

ダウン症ではあるものの、現時点では合併症がある訳ではないので、投薬や通院の必要は特になし。

首のすわりが遅いなど、成長がスローペースな部分はおいおいに出てくるだろう。

健康状態に問題はないので、1か月も過ぎたし、外出等も含めた日常生活は通常の赤ちゃんと同様の対応で大丈夫…。

「とはいえ、個人差が大きいのもダウン症の特徴です。何が出来るのか、出来ないのか、というのには育ってみないとわからない部分も多くありますので、赤ちゃんのペースを見守りながら、育児をしてあげてくださいね」

確定診断とこうしたメガネ先生のお話には、「この先、ダウン症児をどう育て行けばいいんだろう…」というような不安ももちろんありましたが、「やっぱりそうだったんだな」という、一種ほっとしたような思いの方が先に立ちました。

ともあれ、産院での告知時から引きずっていた「娘がダウン症かどうか」という疑問に生後1か月の時点で決着がつけられたことは、私にとっても夫にとっても良かったと思っています。

そんな訳で、生後すぐの大病院の受診は一段落。

その後は生後半年や、1歳、2歳と、定期的な血液検査が必要とされる時にだけ娘を連れて大病院を受診しています。

小児科の待合スペースに入ると、初めて娘と一緒にここに来た生後8日のことを思い出し、あの時は小さな体で本当によく頑張ってくれたな、と、懐かしい気持ちになります。 この記事を書いたライター「Takoos」さんの過去記事:上の子が下のきょうだいを大好きになる!産後すぐから始められる魔法の声かけ

著者:Takoos

年齢:38歳

子どもの年齢:5歳・2歳

独身時代の海外在勤中に、福祉先進国な北欧の子育て事情を垣間見る。帰国後は関西と東海の狭間で、妊娠、出産、育児、在宅フリーランスと経験中。好きな言葉は「A life of no regrets」

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