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高齢者は2つのグループに分けられる!時代背景から考えるケアについて

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こんにちは。理学療法士・介護福祉士の中村です。日本は戦後71年を迎え、戦前から戦後を過ごしていた若者たちは、現在80代〜90代になります。また、団塊の世代と呼ばれる方たちは、高齢者と呼ばれるようになりました。

今回は、年代別に時代背景を考え、そこから導き出されるケア方法についてお話していきたいと思います。
引用元:総務省統計局(2014年10月)

80代~90代の方の時代背景を考える

私の周りの高齢者から聞いたのですが、戦後の日本は焼け野原で、相互扶助(助け合いの精神)がどこの地域にも存在していたようです。隣の家を見て、「○○さんの家は、まだ夕御飯を食べていないはず。うちの味噌を持って行きなさい」と、家にあるものを分けたり、また分け与えられたりしていたとのことです。

言葉を発しなくても、周囲を見て感じ、行動する力が自然に養われていました。裕福な家庭が多くない中、このような助け合いが当たり前に行われていたことは、今の日本の社会では考えにくいですよね?

戦前・戦後世代が持っている察する力

戦争が起き、今まで築き上げてきたものが一瞬にして焼け、自尊心はズタズタに傷つけられたはずです。しかし、戦後たった数十年で、日本は世界でも有数な経済発展を成し遂げました。ボロボロになった自尊心を、互いに支え合いながら取り戻したのです。

そんな時代を過ごした当時の若者は、とりわけ「察する力」に長けているのではないかと感じる事が多いのです。

食事に手をつけなかった女性の行動から考える

私が施設で勤務していた頃の話ですが、ある女性認知症高齢者(以下:鈴木さん(仮称))が食事に手をつけようとしませんでした。

「どうして食べないのですか?調子でも悪いのですか?」と聞いても、
「なんともないよ」と一言。

隣の方の食事介助を終えて、再度鈴木さんに話をすると、「どうして私だけ1品多いの?」と聞かれました。隣の方との違いを察し、「自分だけが多い」からと手をつけずにいたのです。

嚥下機能や高血圧などさまざまな理由により、高齢者毎で食事内容に違いがあります。我々にとって当たり前のことが、戦後、助け合いの中で生活してきた高齢者にとって当たり前ではなかったのです。鈴木さんにとっての当たり前は、分け与え、助け合うことだったのです。

介護施設に勤務してらっしゃる方はよく見る光景だと思うのですが、自分のおかずを分け合ったりしている方って結構いらっしゃいますよね。高齢者同士で分け与え、助け合うことは日常茶飯事で行われているのです。

施設内でよく見られる高齢者の察する力

施設内での生活は、集団生活となります。他者と触れ合う機会がある一方、他者に対して気を遣いながら生活している高齢者も多くいます。自らは後回しにして他者を敬う。その行動は一見、なかなか行動に移さない高齢者と捉えられるかもしれません。

「あの方が入った後で…」「私は最後でいいよ…」と、入浴などにおいて良くある光景だと思います。意見の強い方に譲り、自らは後回しにする。誰かがそのような関係性を決めた訳ではないのですが、中には自分の気持ちを押し殺して相手をたてる方もいます。

もちろん、突然怒り出す高齢者もいらっしゃいます。しかし、よく話を聞いてみると、「私はあの人の事を考えてやったのに」とか、「みんなの事を私は考えたんだ」と言うように、「他者の事を考えている」上での行動により、それが自ら予測した結果につながらず、怒りとなったケースも多いのです。高齢者にとって、集団生活を営む上で本人なりによく考えた行動だったりします。

高齢者が察する力を持っていると考える根拠「教育勅語」

私は、今まで多くの地域で介護に携わらせていただきました。どの地域の高齢者にも共通して言えるのは、「教育勅語(※)」をスラスラ話せる方が多いことです。

※教育勅語は、正式には教育ニ関スル勅語といい、1890年(明治23年)に発表された、第2次世界大戦前の日本の教育の根幹となった勅語である。儒教道徳を元にしたことが記載されている。
引用元:wikibooks

私は教育勅語を習わなかった世代ですが、教育勅語の一文を話すとそれに乗じて話される高齢者が非常に多くおります。教育勅語には謙遜や博愛の意味があります。こういった教育や、対人関係の中で生きてきた高齢者は、「察する力」に長けているのではと思います。

高齢者の根底にある察する力を知る

高齢者は辛い過去や楽しい過去など、これまでの長い人生経験を基に様々な視点を持っています。そのため、幾つもの点(視点)をつなぎ、線とするまでには時間がかかるのです。特に認知症を有している高齢者にとっては、思い出す時間や理解する時間などがかかるため、その時間は長時間となります。

日常生活において、認知症高齢者が動いていないのは動けないのではなく、自分なりに点と点を結びつけている、つまり、相手や周りの状況を察している最中なのかもしれません。

今後の介護ボリュームゾーン、現在の60代~70代について

昨年から、団塊の世代と呼ばれる方々が、65歳以上の高齢者となっています。世代変化が起こる中、健常な方であっても「突然キレる」ことが増えていると耳にします。考え方の多様化、急激な社会変化などが要因の一つだと思われます。

スマートフォンを使用することで、コミュニケーションは声だけでなく文字でも取れるようになりました。また、世界中のどこにいても連絡が取れます。高齢者が社会の変化を受け入れるのには、相当な努力を要し、また、社会においていかれるのではと、不安になることは容易に想像できます。周囲と違う(劣っている)ことを悟られないため、背伸びをしていることもあるかもしれません。一生懸命日本を支えてきたという自負の中、他人からの指摘で、高齢者が傷つくことも考えらえます。

他人や社会について、高齢者自身も察することが怖くなり、自尊心だけが取り残されているのではないかと私は思います。急激な社会変化により、察する力と自尊心のバランスが崩れてしまっているのです。人間の防衛機制のひとつに置き換え(怒り)があります。自尊心を保つためや、恐怖を誤魔化すための脳の働きとして、「キレる」ことが少なからずあるのではないかと筆者は考えています。

日本は高度経済成長期に自信を取り戻しました。その頃に生まれた団塊の世代の多くは、戦後復興のために尽力した父と、それを支える母を見て育ちました。しかし、団塊の世代の方々は、バブル崩壊時の渦中にいた世代です。急激な日本の社会変化の責任を負わされ、もしかしたら周囲からの尊敬も失われているのかもしれません。

個別化が望まれる介護方法に取り入れる時代背景

現在、察する力に長けている高齢者と自尊心が高い高齢者がいます。世代が若くなればなるほど、高齢者との世代間ギャップを感じ、理解し難くなるかもしれません。しかし、日本を支えてくれた方々の意思を受け継ぐ事はできます。

認知症になっても、長期記憶は失われることは少ないと言われています。目の前にいる認知症高齢者の方々が生き抜いた時代を考え、そして共感する。介護方法の個別化が叫ばれている中、世代別の対応方法も視野に入れることが求められているのではと思います。

認知症高齢者の行動をよく観察し、なぜそのような行動を起こしているのか、時間をかけて判断する事が大切であり、共感・理解の上に「褒める(承認する)」と言うエッセンスを加え、察することや、自尊心を尊重する介護を展開させる事が大切なのではないかと考えます。

前回記事:認知症高齢者の社会活動参加は認知機能の低下防止に効果あり!

この記事を書いた人

中村洋文

鹿児島県沖永良部島出身
介護福祉士 / 理学療法士 / 実務者研修教員/その他
病院、知的障害者施設、デイサービス管理者、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム等の医療・福祉施設にて勤務。現場だけではなく、行政側の立場としても市役所勤務の中で介護保険にも携わる。介護保険認定審査委員も歴任。現在、福祉系専門学校での講師及び居宅介護支援事業所、訪問看護等の介護保険事業を手掛ける会社の共同代表として活動中。介護医療現場、また行政側の様々な経験をもとに認知症高齢者本人とその家族の想いを教育現場や全国各地での講演会等で発信しています。

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