体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

〜Vol.1〜 世界の現状って、どうなっているんだろう?

ふだんの暮らしの中で、あまり知ることのできない外務省の仕事。そんな私たちをもっと身近に感じてほしいと連載をスタートさせたのが、「世界と日本のつなぎかた。」シリーズ。ここでは主に、スタートから60周年を迎える開発協力や外交に関する仕事に焦点を当てながら、みなさんの知らない外務省の世界をご紹介していきたいと思います。

※このコラムは、外務省の数ある仕事の中でも、特に「開発協力」に重点をおいて構成されています。

10人に1人が、たった200円で一日暮らしている。

世界には現在約200の国がありますが、そのうち発展途上国とされるのは約150カ国(全体の75%!!)もあるんです。さらに、1日1.9ドル以下(※)で暮らすことを余儀なくされる人が7億人以上いると言われており、なんと世界の総人口の10%にも当たるほど。そんな私たちには、想像もできないような貧しい暮らしをし、学校にも行けない人たちが、同じ今を生きている。そう考えると、すごく不思議な気持ちになりませんか?私たちが行う開発協力とは、こうした人たちの暮らしをよくすることにつながっているのです。また、日本をはじめとする先進国が開発協力を行うのは、実は、開発途上国のためだけではありません。それは、世界全体で取り組まなくてはいけない問題を解決することです。具体的には、地球温暖化のような環境問題、エボラ熱やジカ熱などの感染症や保健などの問題です。こうしたことは先進国だけで取り組んでも解決できないことですよね。かといって、開発途上国が自国で取り組むには資金や技術面などの問題があります。そこで、開発協力という形で先進国がサポートを行っているのです。

(※)日本円に換算すると約200円

あの新幹線も、高速道路も、世界から借りたお金で造られた!?

(C)The World Bank Group

【世界銀行貸出で建設された東海道新幹線が東名高速道路を横切って走っていく様子】

さて、そんな開発協力。みなさんは、日本がつねに支援を行う側だと感じていませんか?ところが東海道新幹線や東名高速道路、黒部ダムなどは世界から借りた資金で造られてきたのです。実は、かつては日本も世界銀行など国際社会に支援されてきた国だったのです。ただし日本の場合は、戦後処理・賠償支払いの文脈で1954年からアジア太平洋地域の途上国への開発協力をスタートさせていて、“支援を受けながら、支援を行う”というユニークな立場でした。国際社会の支援も受けて高度経済成長を遂げた日本が1989年に世界トップの援助国になった際も、まだ世界銀行に資金を返し続けており、すべての返済を終えたのは翌1990年でした。

【OECD(経済協力開発機構)会議の様子】

ところでみなさんは、なぜ日本が開発協力に熱心に取り組んでいるかを知っていますか?それは、日本が戦後、国際社会に復帰した後に、どんな貢献ができるかと考えた末のこと。当時は冷戦の時代でしたが、平和主義国家として軍事協力は難しい。そこで、私たちにできる貢献をと考え、途上国への技術協力から始めたのです。戦後すぐの日本は資金が限られていたこともありますが、技術協力などの人材育成は、昔から教育に力を入れてきた日本らしい支援の形であるとともに、その後相手国との人レベルでの友好関係の発展に大きく寄与しました。また、開発協力は、私たちの暮らしを支えてもいるのですよ。たとえば、私たちはアジアやアフリカの国々から、資源やエネルギー、食料を輸入し、逆に日本の製品を買ってもらっています。そういった物資を運ぶ日本の船は、これらの地域の沿岸を通っていて、その平和と安定は日本の生命線です。単にビジネス面だけでなく、こうした国々から受け取る食料やエネルギーがなければ、私たちは電車に乗って学校へ行ったり、家でテレビを見てご飯を食べるという毎日さえ難しくなります。ですから、開発協力を行うことは一方的な支援ではなくて、私たちのためでもあるのです。

意外な外務省トリビアも、難民支援のいまも1年を通してお話していきます。

1 2次のページ
スタディサプリ放課後版の記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。