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どれか一つでも正しい選択をしていれば。はじめての高齢妊娠、順調に思えたけれど…

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第一子がお腹にやってきたのは36歳の時でした。

当時は10年以上付き合ってきた人と結婚したばかりで、生理不順だったこともあり、

『子供はできたらいいね』

程度でした。

また、私が転職したばかりだったので『とにかく職場には迷惑をかけないように頑張る』が目標でした。

さいわい悪阻もほとんどなく、体長も良く、病院からも『全く問題ないですよ。赤ちゃん元気ですよ。』と検診のたびに言われる妊婦でした。

ちなみに、病院選びも『職場に迷惑をかけないように』が目標だったので、土日も検診が受けられる個人のクリニックに通っていました。

今思えば高齢出産なんだから設備の整った大きな病院にするべきだったなぁ、と後悔しています。

検診では全く問題ないと言われていましたが、手足の浮腫みが気になっていました。

それを検診の時に相談しても『脚を押してへこんだりしていないから、浮腫んでいないですよ』と言われるだけ。

全く知識のなかった私は『そんなものかな?』と思う程度でした。

でも。産休に入って少し経った36週、突然血圧が上がり始めました。

とは言っても、元々が低血圧だったので120-90程度で、病院でもそこまで重要視されませんでした。

でも通常の血圧は90-60を下回るくらいなので、私にとってはとても高い血圧でした。

血圧があがったことで病院では責められ(少なくとも私には責められているように感じました)、

「とにかく減塩!巨大児になって難産になったり、最悪胎盤が剥がれて出血多量で死んじゃったりするんだから!」

と脅され(これも私には脅されているように感じました)、今までは楽しみだった検診が苦痛なものになりました。

どんなに努力しても血圧が下がることはなく、個人病院の先生も『大きな病院に転院するか、このままここで産むか』ということを検討し始めました。

巨大児を心配していましたが、どちらかというと発育遅延な方で、2,500グラムないのであれば念のためNICUがある病院の方が安心だから、ということでした。 関連記事:血管が切れてもおかしくないほど重度の妊娠高血圧症に。里帰り2日目にして緊急入院!

先生からお話がありました

『妊娠高血圧症を治すためには赤ちゃんを取り出さないといけない。帝王切開という方法もあるけど…あなただって下から普通に産みたいでしょ?』

そう言われると私も帝王切開は嫌な気がして『はい』と答えてしまいました。

この時帝王切開をお願いしていれば…今でも悔やまれます。

病院の方針は『早く産ませること』になり、それまでは血圧が上がるから安静にしているように言われていましたが、そこからは『早く産まれるように動いて動いて!』と言われ、週に3回ほど子宮口を柔らかくする注射を打ちに通いました。

39週に近づいたある日。その日は赤ちゃんの肌着などを入れるタンスを買いに行っていました。

立っているのがしんどいな、と思いお店のベンチに腰をかけたのを覚えています。

でも、しんどいのは最近はいつものことだし…そこまで気にしていませんでした。

そして、その日の深夜。生理痛の軽いような痛みで目が覚めました。

痛みはひどくなかったものの、直感で『何かおかしい』と思い病院に電話。

その時は胎動が激しかったのを覚えています。すぐに主人の運転する車で病院に向かうことになりました。

電話した時にはしっかり立っていられる状態だったのに、病院に着く頃には一人で立てない状態でした。

病院ではすでに対処できない状態で、おそらく常位胎盤早期剥離であろう、と輸血だけをされました。

そこから搬送先探し。近隣の病院では受け入れてもらえず、少し遠くの大学病院に搬送されることになりました。

大学病院に着いてから帝王切開で長男を出産しました。

蘇生に手を尽くしていただきましたが、助かりませんでした。

小さい小さいと言われていた長男は、小さめではありましたが2,500グラムを超えていました。

私自身も出血多量でなかなか動けず、長男の火葬は主人ひとりで行いました。

今思えば、長男を助けるチャンスはいくらでもありました。

まず、土日に検診が受けられるかどうか、ということなど気にせず、高齢出産なんだから大きな病院で検診を受け受ければよかった。

浮腫みを相談した時に相手にされなかったけど、自分で疑問に思ったんだったら、別の病院にも相談したらよかった。

帝王切開は嫌でしょ?と言われた時に迷わず帝王切開を選べばよかった。

胎盤が剥がれた時、自分の車でかかりつけの病院に行かず、すぐに救急車を呼べばよかった。

どれか一つでも正しい選択をしていれば助けることができたかもしれません。

悲しくて悲しくて泣いてばかりの日々を過ごしたあと、なんとか日常が戻ってきました。

その後、長女を妊娠しました。

妊娠高血圧腎症や常位胎盤早期剥離は繰り返すことが多いと言われていますが、私の場合は繰り返しませんでした。

でも、長男の時に帝王切開をしているので、今回も帝王切開での出産になりました。

2年後にまた帝王切開で次男を出産しました。次男の時も全く問題なく、出産直前まで仕事をしていました。

今は二人の子供に囲まれて幸せです。

でも、周囲から

『二人の子供に恵まれて良かったね』

『一姫二太郎で理想的だね』

と言われると、長男の存在を無視されたようで悲しくなります。

あの時、長男を守れていたら、今頃私はどんな人生だったのかな。と考えます。 関連記事:愛おしい2人の子…でも、あと2人、お空に帰った子。稽留流産で自分を責めた日々

著者:めえ

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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