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フィリピンの心霊スポット・コレヒドール島で歴史を学ぶ

フィリピンの心霊スポット・コレヒドール島で歴史を学ぶ
Photo Credit: Tomoka Aono「第二次世界大戦激戦地コレヒドール島で戦争の歴史を学ぶウォーキングツアー」

Photo Credit: Tomoka Aono「第二次世界大戦激戦地コレヒドール島で戦争の歴史を学ぶウォーキングツアー

こんにちは!Compathy Magazineライターのアオノトモカです。

現在は主にセブ島などの「南の楽園」的なイメージが強いフィリピンで、第二次世界大戦中に激しい戦いがあったことを皆さんはご存知ですか?

フィリピンの首都、マニラの沖合に浮かぶ島・コレヒドール島。その小さな島は第二次世界大戦中激戦地となり、約6万発もの爆撃がうちこまれ、植物は灰に兵舎や病院は廃墟と化しました。そして現在に至るまで、コレヒドール島にはその悲惨な戦争の記憶が目に見える形で保存されています。そしてその歴史と不気味な雰囲気から、コレヒドール島はフィリピンでも最も有名な心霊スポットとしても知られています。

コレヒドール島とは

コレヒドール島は、フィリピンのマニラ湾に浮かぶおたまじゃくしのような形をした島です。全長6kmという非常に小さい島ながら、首都マニラ沖の軍事拠点として歴史的に重要な役割を果たしてきました。「コレヒドールの戦い」について知っている人も多いのではないでしょうか? コレヒドール島は、第二次世界大戦中に多くの日本兵がアメリカ・フィリピン連合軍と戦い、命を落とした場所として日本の歴史にも記されている場所です。
See page for author [Public domain], via Wikimedia Commons

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コレヒドール島へのアクセス

・マニラ湾シーサイドターミナルからフェリーで約1時間
※コレヒドール島への一般アクセスは、サンクルーズ社のフェリーのみとなります。(フェリー往復料金と入島料合わせて一人1400ペソ。土日祝日は100ペソ追加)

コレヒドール島の歴史

1570年から約300年以上に渡って、コレヒドール島はスペインの支配下に置かれていました。当時からすでにコレヒドール島は、貿易と防衛上の重要な拠点とされていました。米西戦争の結果、アメリカがコレヒドール島の支配権を握り、フォートミルズ基地が築かれると、島には多くのアメリカ兵が駐屯。その後インフラが整備され、住居や病院、映画館までもが建てられました。そして第二次世界大戦中の1941年に日本軍がフィリピンへ侵攻し、アメリカ・フィリピン連合軍はコレヒドール島に司令部を置きますが、翌年の「コレヒドールの戦い」の末に連合軍は降伏します。1945年にコレヒドール奪還戦が始まると、コレヒドール島では日本軍と連合軍の間で激しいゲリラ戦が繰り広げられ、1945年2月にアメリカ・フィリピン連合軍がコレヒドール島を奪還しました。

1. ウェイ砲列

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