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雅子さまのご快復傾向を裏打ちする宮内庁の内部文書

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 雅子さまに「適応障害」の診断がなされたのは12年前のこと。それ以来、宿泊を伴ったものを含めた2週連続の地方公務は一度もなかった。

 だが、その連続地方公務が、この6月に実現した。実に13年ぶりのことだ。皇太子さまと雅子さまは6月20、21日の2日間、東日本大震災の慰問のため岩手県に足を運ばれた。20日の午後は梅雨の間の快晴。その初夏の青空のように、雅子さまの表情は晴れやかだった。

「ご夫妻が降り立たれたJR盛岡駅には約800人が集まり、皇太子さまと雅子さまが姿をお見せになると“雅子さま~”“岩手県にようこそ!”と歓迎の声があがりました」(皇室記者)

 その後訪問された『小本津波防災センター』では被災者にお声がけをされた。津波で自宅が大きな被害を受けた箱石正純さん(57才)はこう明かす。

「私が“父親を津波で亡くしました”と話すと、皇太子さまと雅子さまは“大変でしたね”と優しくお声がけくださいました。おふたりとも大変穏やかで、“がんばって!”というような激励よりも、じーんと心に響くものがありました」

 翌21日には、津波で壊滅的な被害を受けた田老地区を訪問されたほか、「震災遺構」として保存されているたろう観光ホテルを視察された。

 さかのぼること1週間前の12日、ご夫妻は千葉県柏市で開かれた『みどりの愛護』のつどいに出席されており、2週連続での地方公務となった。

「皇太子さまから“何年生?”と聞かれたので“2年生”と答えました。雅子さまからは“学校は楽しい?”と聞かれたので“楽しいけど、まあまあかな”って。雅子さまは笑いながら“そうなんだ”って優しい声で言ってくれました。ふたりともニコニコしていて、雅子さまはとってもきれいな人だなって思いました」

 柏市の小学生・久布白咲(くぶ・しろさき)さんは、ご夫妻とのほのぼのとしたやりとりを教えてくれた。終始和やかな笑顔で2つの公務を遂げられた雅子さまのご様子について、東宮職関係者は驚きを隠さずにこう話す。

「最近はご体調が上向いていることが感じられましたが、それでも昨年はじめに“週2公務はご無理”とまでいわれた雅子さまが、2週続けて地方公務に臨まれるまでに快復されるとは本当に喜ばしいことです。ましてや、結婚記念日の重圧の直後でしたからね…」

 6月9日、ご夫妻は23回目の結婚記念日を迎えられた。当日は東宮御所に天皇皇后両陛下や他の皇族方をお迎えし、お祝いの夕食会が催された。

「ご夫妻は、愛子さまと親子3人で小さな音楽会を披露なさったそうです。両陛下をお招きするわけですから、失礼がないようご夫妻も大変緊張なさいます。雅子さまにかかるプレッシャーもかなりのものだったわけですが、その直後の2つの公務ではお疲れの様子を一切見せられず、しっかりとお務めを果たされました」(前出・東宮職関係者)

 雅子さまのお姿からは、「適応障害」から順調にご快復の一途をたどられていることが伝わってくるが、その陰で、事実、大きな前進が裏付けられていた。宮内庁関係者がそっと耳打ちする。

「両陛下、両殿下のお出ましのご予定などを記した文書が、東宮大夫の定例会見の際に宮内庁担当記者に配布されます。最近になって、ご夫妻でお出ましになる予定のものには『(両)殿下』と記載されるようになったのです」

 療養中の雅子さまは体調が不安定なこともあって、当日のご様子をみて出欠を最終判断されてきた。また、事前にお出ましを発表することが、過度な重圧につながるともいわれてきた。

「そのため、これまで文書には『皇太子殿下』とだけ書かれ、あくまで雅子さまは“当日、急きょご出席が叶った”という形式が取られてきました。それが事前に記載されるようになったわけです。表情やご様子から感じとれるだけのものだった雅子さまのご快復傾向が、文書として裏打ちされたのです」(前出・宮内庁関係者)

※女性セブン2016年7月7日号

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