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傑作サスペンス『クリーピー 偽りの隣人』黒沢清監督インタビュー「とても日本的な情景の上に作られている」

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現在大ヒット上映中の映画『クリーピー 偽りの隣人』。西島秀俊演じる主人公の「高倉」とその妻が、香川照之演じる奇妙な隣人に翻弄されていく姿を、天才・黒沢清監督が描いたサスペンス・スリラーです。

“クリーピー=奇妙な・不快な”というタイトルどおり次々と恐ろしい事が起るのに、目が離せない絶妙なバランスで作られている本作。黒沢清監督に映画の演出について色々と伺いました。また「隣人への挨拶」からトラブルが発展するという、日本人ならではの描写について海外の観客は何を思ったのか? など、ここでしか読めない必読インタビューです。

―本作はベストセラーとなった前川裕さんのミステリー小説の映画化ですが、本はお読みになられましたか?

黒沢監督:とても面白く読みました。ただ、過去の部分は映画にとって必要ないと判断しました。物語の時制が過去にもどることって、映画は実は得意ではないんです。本だと読み進めていくうちに自然に過去のことが頭に入ってきますが、映画の中で回想シーンを入れても大抵つまらなくなってしまう。映画の観客は主人公が今どうしているか、これからどうするのかに最大の関心があるようです。なので、原作をあくまで現在形で語るという方向で脚色を進めました。

―原作と映画でここを削った、ここのバランスをとった、という部分はありますか?

黒沢監督:まず原作に登場する多くの人物を最小限に絞りたいと考え、思い切って「追い求めていた犯人は実は直ぐ傍にいるかもしれない」という原作の素晴らしいアイデアをメインに使いました。結果、物語がほぼ主人公の住むご近所だけで成立する非常にコンパクトなものになりました。

―その隣人がとてつもなく恐ろしかったわけですが、黒沢監督ご自身が人間を恐いと感じる事もあるのでしょうか?

黒沢監督:映画の中では宇宙人が襲ってきたり幽霊が出て来ても良いわけですが、ハリウッドよりも予算の無い日本の映画では「周りの人間が一番恐い」という発想を使うのが効率的で自然なのかなと思います。

―本作は「実際にありそうな事件」という部分と、映画的な表現の部分のバランスがとても面白かったと感じました。特に、西野(香川照之)の部屋や、部屋に置いてある色々な道具が印象的です。

黒沢監督:とことんリアルにやるという表現もありますし、実は似たような事件は実際にあるので、西野の室内をそれに似せて作るやり方ももちろんありました。そういうリアルな映画も面白いかもしれないと迷ったんですけれど、非現実的にはしないまでも「えっ、これ現実のあの事件?」と思い出すというよりも、「これはエンターテインメントでありフィクションなので楽しんでください」というダーク・ファンタジーの方向こそが、この作品が最終的に目指すものだという結論に達しました。

それで、「突飛すぎてもダメだけどあまりリアルじゃないほうがいい」と美術部にお願いして、彼らが「わかりました!」と気合を入れて作ったのが、あの道具と部屋です。生々しくやれば本当嫌な感じの作品になっちゃうんですよ。

―また、後半には色々なショッキングなシーンが出て来ますが、それにもたくさんのアイデアがありますね。

黒沢監督:原作も含めてこういう物語なので、後半のどこかで死体の処理をしていなければいけない。それこそ現実にはバラバラにしたりするわけで、そういうシーンも撮れるんですけど、自分はこう見えても、血みどろなシーンって苦手なんですよ……。映画の中で血が出てくるのが本当に嫌なんです。

あと、この映画を意地でもR指定にしたくないと思ったんですね。血は一滴も出ないけど、ちゃんと処理しているように見える表現はないものか? と考えた結果が、あの方法です。おかげでこんなにひどいことをしているにも関わらず、何の指定も受けていません。あの死体処理方法を事前に助監督で試したんですが、これがね、面白いんですよ(笑)。

―監督も楽しみながら撮られていたわけですね。

黒沢監督:このテの映画は大体そうですけど、ひどいことをしているシーンこそ、撮っている時は楽しいんですよね。このシーンに限らず、こういう映画を撮っている時って俳優の方々は自然に休み時間も楽しそうですね。演じている時の暗い雰囲気をずっと続けるのはやっぱり嫌じゃないですか? その空気のまま弁当食べたりするのは嫌だから、カットがかかったらみんな大笑いしたり、楽しそうにしています。

―西野役を香川照之さんにお願いする事に迷い無かったのでしょうか。ミステリー作品であるのに、犯人があまりにも怪し過ぎると言った……。

黒沢監督:この映画でのお話をミステリーとは解釈していないので問題ありませんでした。犯人が誰か分からないとか謎解きの要素は入れず、犯人はこの人に決まっているのにどういう手口で? と、その先が見えない・分からない話になれば良いなと思いました。

彼は自由奔放でデタラメで、悪人ではあっても世間を偽る詐欺師みたいには見えたくない。そんなキャスティング、香川さん以外思いつかなかったですね。コイツが悪いと分かっていても、先が読めないというのは彼しかいないだろうと。香川さんも「これ(西野)に近い人周りに何人もいますから」と冗談っぽく言っていましたから、役作りには色々言いませんでした。でもこういう人って、下手したら社長や政治家にいそうじゃないですか?

―でたらめだけど妙に掌握術に長けているんですよね、恐ろしいです。一方で、西島秀俊さん演じる高倉と、竹内結子さん演じる妻の行動も不可解な部分がありました。

黒沢監督:二人とも知らないうちに、積極的に危ない所に突っ込んでいくんですよね。それってどこか「この夫婦関係を壊したい、生活を壊したい」という無意識が働いているのかもしれないし、隣人はまさにそこにつけ込んでくる。(高倉夫婦が)ある意味自業自得だよな、と。そして香川さん演じる西野も「悪の化身」というわけでは無くて、彼の自由奔放さ、何にも縛られずに自分が悪なんだという事にすら縛られずにやりたい放題やっている様が、夫婦をどんどん浸食していく。西野は、日常や仕事に縛られている人からするとどこか理想的に見えるでしょうね。もちろん「良い人が窮屈に生きていて、悪い人が自由に生きている」ことをよしとしているわけでは無いのですが、こういった作品を撮るとどうしても悪人が恰好よく見えてしまいますね。

―西野という悪の化身に振り回されるのが「夫婦」であり、夫の知らない妻の一面が次第に分かって来る、という所も実にリアルだと感じました。

黒沢監督:人間関係の典型的な例が夫婦ですよね。ある部分では通じ合っていて、違う部分では何も分かっていなかったという。親子でも友人でもそうだと思います。だからこそ、その溝を埋めようとするのが人間なんですけど、そこにつけ込む変な奴が出て来ると簡単にガラガラと崩れてしまうのでしょうね。

―外からの侵入者によって内側は簡単に崩れる、なんとも恐いお話です。

黒沢監督:僕達は現実の生活に現実では無い何かが侵入してくるのを、心のどこかで望んでいるのかもしれません。映画ではそこにいきなり美女やゴジラが飛び込んでくるわけですが。本作も現実を基にした物語ではあるのですが、その現実が少しずつズレていって、最後に「ここまでズレてしまったのか」と気付く恐ろしさがあると同時に、それこそをフィクションとして楽しんだりもして、それが出来るのが映画かなと思います。

なのでラストに近づくに従って、現実では無い感じが強くなっていって、最後にはどこか異世界に旅立ったかな、という雰囲気を出しています。香川さんの横に大きな犬がいる所も、『スター・ウォーズ』みたいだなと自分でも思いました(笑)。

―そう言われてみると、まるでハン・ソロとチューバッカですね(笑)。黒沢監督の作品は世界中で評価されており、本作も様々な場所で上映されていますが、『クリーピー 偽りの隣人』の恐さは世界共通なのでしょうか?

黒沢監督:それに関して面白かったのはですね、先日香港で取材を受けた時に何人も同じ質問をして来ました。それは、高倉夫婦が引っ越しの挨拶に隣人に手土産を持っていくシーンについて「香港ではそんな事は絶対にやらない。日本では皆やっているのか?」という事なんですが、僕は「そこまで深い付き合いはしないけど、全く知らない人が隣に住んでいるのも嫌なので挨拶をする人はいる」と答えました。すると、「それはとても日本的だ。香港では付き合うとなったらとことん付き合うし、付き合わないのなら会話もしない」と言われました。なので、本作がとても日本的な情景の上に作られているのはあるでしょうね。

―そうした差異ってすごく面白いですね。

黒沢監督:でも、映画の面白さは世界共通だと確信もしています。例えば僕達が海外の行ったこともない国の映画を見る時、映っている人物たちの振る舞いが日本とはまったく慣習が異なっていたとしても、きっとこういう事なんだろうと自分なりに理解して、何の不自然も感じず物語にのめり込むことができます。例えば先日ベルリン映画祭でこの映画を披露した時もそうでした。最初ドイツ人って大人しいのかな、というイメージがあったんですけど結構笑ってらっしゃいましたね。香川さんの普通のセリフで、ここ笑うかな? という所で爆笑が起きたりね。でも、そこまで大袈裟な反応はしないかもしれませんが、日本の観客も、絶対に同じように感じるはずです。後そうそう、香港では最後の笹野高史さんが出て来る“三段階”の演出に小気味良いほど驚いていましたね。「ひゃあ!」と悲鳴が起きたほど。もちろん狙ってそういう演出が施してあるのですが、そこまで驚いたり恐がったりしてくれる事は、監督としては嬉しいですね。

―今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

『クリーピー 偽りの隣人』ストーリー
元刑事の犯罪心理学者・高倉は、刑事時代の同僚である野上から、6年前に起きた一家失踪事件の分析を依頼され、唯一の生き残りである長女の記憶を探るが真相にたどり着けずにいた。そんな折、新居に引っ越した高倉と妻の康子は、隣人の西野一家にどこか違和感を抱いていた。ある日、高倉夫妻の家に西野の娘・澪が駆け込んできて、実は西野が父親ではなく全くの他人であるという驚くべき事実を打ち明ける。

6月18日(土) 全国ロードショー
出演:西島秀俊 竹内結子 川口春奈 東出昌大 香川照之 藤野涼子
監督:黒沢清
(C)2016「クリーピー」製作委員会
配給:松竹、アスミック・エース

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