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世界中で食べ歩いた写真家が語る、海外のレストラン「うまいか否か」の判断基準

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「その国で気の遠くなるような昔から食べ続けられたものを、たとえ異民族のぼくでも、その土地へ行ったときは、その土地のものをとるほうが、その国の気候などいろいろと考慮すると、もっとも安全である。それに、体にいいと考えているからだ。
 もちろんはじめて食べるものもあり、日本人の体にはなじんでいないものもある。しかし数日もいるとなじんでくる」

 世界中を巡りながら、50年に渡り各国の料理を食べ歩いている写真家・西川治さんは、自著『世界ぐるっとひとり旅、ひとりメシ紀行』の中で、こう綴ります。

 本書では、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、アジアと世界各国で西川さんが食したそれぞれの料理、そのエピソードが写真と共に綴られていきます。

“三食ともすべてカリーだった”というのはインドでのこと。

 インドをひらすら縦断して、インド料理の神髄にせまろうとした西川さんでしたが、北へ行っても南に行けども、カリーばかり。インド人いわく、地方によって料理の特色がはっきりしているのだそうですが、赤、緑、黄という色彩の変化こそあるものの、南も北も違いが分からなかったそうです。

「ただ、カリーに添えられるのが、チャパティやナンなどの小麦を使った北の地方のパン類と、米を炊いた御飯の南との違いは判然としたが、それに添えられるカリーの違いは、はっきりとした違いは分からない」(本書より)

 北から南に下りていき、温度計が示す気温も上昇していくのに比例するかのように、カリーの辛さもまた増していき、ひと匙掬っては口に入れ、ハアハア喘ぐ始末だったそう。そして辛さの強弱はあっても、かならず香辛料が入っておりカリー風味に。インドという混沌の国を、味覚から理解しようという当初の気負いも次第に萎えてきたといいます。

「カリーと、まったく乱暴にインドの料理をひとまとめに括ってしまったが、インド人のいうように微妙なマサラの量を加減して作られた料理であって、すべてがカリーではないというのである。しかし日本人であるぼくらやインド人以外の外国人には、タンドール・チキンのほかのすべての料理は、ことごとくカリーといってしまうやもしれない」(本書より)

 海外のレストランに入って、そのレストランがうまいか否かの判断の基準について「その国の言葉だけが聞こえてくるレストランのテーブルにつくこと」(本書より)と語る西川さん。本書は、食を通して、その国の特色や人びとの考え方を垣間みることができるのだということを伝えてくれる、ユーモア溢れるエッセイとなっています。

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