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古舘佑太郎 青春群像短編小説 第六回「青春の象徴 恋のすべてvol.4」

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「ノストラダムスの大予言」をちょうど一年後に控えた、1998年。そんな大事件の予感におかまいもせず、ただ走り回っている僕たち子供に、暑い夏がジリジリと近づいてきていた。
僕は、私立の小学校でピカピカの一年生をやっていた。4月に入学してからのことを思い返してみると、一味も二味も違う気分だ。辛く険しいお受験戦争も今となってみれば良い思い出。隣の席には、その戦場で出会った奇妙な親友もいてくれる。新しい友達だって出来た。あの日、父親に肩車されてフェンス越しに眺めたジェットコースター式滑り台も、今じゃ元気に同級生たちと奪い合っていた。担任の先生は30代後半の男性教員で、元は大手の百貨店に勤務をしていたのだが、彼の父親も校長先生だったらしく、その影響で、やはり教師になると云う夢を捨てきれず、教職免許を取った、と云う経歴の持ち主であった。そして、大の横浜ベイスターズファンだった。朝の会で先生の機嫌が良ければ、前日ベイスターズが勝利したことがわかり、逆に機嫌が悪いときは負けたのだな、と察知した。そのどちらでもない日は、前日の試合が休みであった。と云ってもベイスターズはそんなに強いチームでは決してなく、いつでも勝てるわけではなかったので、そう考えるといつも基本的には心優しく情熱的な先生だったと云えるだろう。僕の得意な科目は、体育はもちろんのこと、音楽も好きだった。決して音楽の才能があったわけでもなく、音楽自体が好きだったのかさえ怪しい。そこには二つの要因が重なっていた。

まず音楽の授業を担当していた先生が、まだ若い女性だったのを良いことに、僕はこの担任の先生が担当する授業に比べて、多いに緊張感を失っていた。つまり、小さい頃からの環境のお陰か、年上の女性には慣れていると自負していたので、どんなワルさをしても、結局は上手いこと怒られないで済むと鷹をくくっていた。そして、二つ目にして最大のポイントは、何故?と聞かれても6才の僕には理由が説明できないのだが、先生がピアノで「スイカの名産地」を弾き出すと、僕は突発的に教卓へと走り出し、皆の前で踊り狂うと云う習性、奇行を持っていた。本来ならクラス全員で、揃えて唄わなくてはいけないのだが、メロディー、リリック、そんな物はそっちのけでただ踊り狂った。元々じっとしていることが難しいタイプの性格ではあったが、この曲だけはどうしても我慢できなかった。他の「ドナドナ」や「大きな古時計」などが流れても、僕はただ小さめな声で皆に埋もれるようにしてボソボソと唄うだけで、体が反応することは一切なかった。「エーデルワイス」に至っては、ただひたすら貧乏揺すりをして、時が過ぎるのをじっと堪えていた。この衝動は「スイカの名産地」限定なのであった。

「スイカの名産地、素敵なところよ。」

スイカの名産地はどこにあるのか?そもそも名産地とはどんな場所なのか?さっぱり理解できないのに、とにかく興奮するのであった。
最初の頃は、踊り狂う僕を同級生たちも呆然と見ていたが、次の週には、男子のほとんどがステージに上がり、ちょっとしたモッシュ状態と化していた。そんな光景を、先生とクラスの女子全員が、少しの微笑みと大袈裟なため息を尽きながら、ただ眺めていた。その冷たい目線も妙に心をくすぐり、次の週から日に日に踊りはどんどんと熱気を帯びてくるようになっていった、そんなある日。相変わらずの「スイカの名産地」で僕を筆頭に男子の踊りがピークを迎えていたその時、教室の後ろのドアが突如開いた。そこに現れたのは担任の先生。前日ベイスターズは大負けをしている。僕と先生は教室の前方後方で、バッチシと目が合った。一瞬にして、陽気な「スイカの名産地」の演奏も静まり、クラスメイトたちも、シーンと静まり返った。およそ時間にして2秒ぐらいの出来事だが、まるでスローモーションかのように長く感じられた。リーダーは間違いなく僕で、その事実はとっくに音楽の先生から担任の先生へと話が伝わっているに違いない。
「あ、もうここまでか!地獄の名産地!」
と訳のわからないことが頭によぎりながら、自らの最後を覚悟した瞬間だった。火事場の底力、またの名を「ヤケクソ」と云うのだろうか。人生初めて、ピンチをチャンスに変える瞬間というものを経験した。僕は、とっさに担任の先生から目を離し、より激しく踊り出した。「スイカの名産地」は流れてこない。この際、音楽なんていらない。踊りたいから踊ってやるんだ。
意味不明のこの逆転の発想が刻むステップに、夢中で没頭していると、また「スイカの名産地」が聴こえてくるではないか。ゆっくりと目を開けて回りを見渡すと、音楽の先生は爆笑しながら、ピアノをまた弾き始めていたし、仲間も一緒になって踊ってくれていたし、何より教室の後方で、担任の先生が何故だか満足げな顔をしながら、肩でリズムを刻みながらこちらを見ていた。僕は怒られないで済んだ、と云うホッとする気持ちよりも先に、嬉しさがこみ上げていた。この気持ちは、どう説明することも出来ないのだが、簡単に云えば
「認められた」
という一言が一番近い気がしている。
とにかく、それ以来、僕は「目立ちたがり屋」と云う店を営んでいくこととなる。そして、クラスにおけるリーダー的なポジションを獲得した瞬間でもあった。

そういえば、この「スイカの名産地」騒動において、男子の殆どが僕に加勢して、騒いでくれていたのにも関わらず、一人だけ席に座ったまま大人しくしていた同級生がいた。彼の見た目、完全なる外国人で一人だけ髪の毛も茶色く、目は青っぽかった。そして、とても静か少年だった。

 

古舘佑太郎
ミュージシャン。ロックバンド・The SALOVERSを、2015年3月をもって無期限活動休止とする。現在、ソロ活動を開始。2015年10月21日アルバム「CHIC HACK」を発売。http://www.youthrecords-specialpage.com

illustlation  Tatsuhiro Ide

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