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7日だけの昭和64年をウルトラクイズ担当・テリー伊藤述懐

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 昭和64(1989)年、昭和天皇崩御という大きなニュースに埋もれた少女誘拐殺人事件を描いた映画『64“ロクヨン”』(東宝系)。後編が11日にスタートするとあり、ますますの盛り上がりを見せている。

 7日間しかなかった「昭和64年」は、インターネット上で都市伝説のように扱われてもいる。しかしあの7日間は確かに存在し、誰もが通り過ぎてきた日々。あの日、あの時、何が起きていたのか? その最初の2日間を振り返ろう。

【1月1日】
 米ソ・中ソの雪解けが進み、世界平和への期待が高まる一方、国内では前年秋より体調不良を訴えられていた陛下のご容体が悪化。元日の皇室行事は陛下を気遣い、省略されたり取りやめとなった。

「天皇陛下の体温や脈拍、血圧とかが天気予報と同じように毎日伝えられていましたよね。子供ながらに、学校でよく話題になっていたなぁっていう記憶があります」(主婦・42才)

 この日配られた多くの年賀状からは「賀」「寿」「おめでとう」の言葉が消えた。

【1月2日】
 『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のオープニングからは「ウキウキウォッチング♪」のフレーズがなくなり、井上陽水(67才)が出演していたCMでは「お元気ですか?」という音声が消され、井上の口がパクパク動くだけの映像が流れていた。

 そんな自粛ムード漂う中、後世に残るお笑い番組『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)がこの日、放送開始となった(1996年放送終了)。企画を構成したテリー伊藤(66才)が当時を振り返る。

「たけしさんと“売れない芸人を出してやろう”“ばかばかしいものをやろう”と話して実現した企画。当時も今も思ってることだけど、外国人のかたが来日して、夜さみしくてテレビをつけた時、バカなことやってるってすぐわかる番組作りが好きなんですよ。

 漫才とかだと日本語のやりとりだからわからないじゃない。それよりパイ投げのほうが面白いなって。陛下が危ないから正月番組まで自粛しようとか、こういう気運だから日本を元気づけようという社会性はなかったかもしれない」

 当初はスタッフも4~5人ほどで、リハーサルもなかった。テリーはこう振り返る。

「今よりコンプライアンスが厳しくないから、芸人の命の保証もない無謀な番組でした(笑い)。当時は今ほど芸人の地位も高くなかったんですよ。たけし軍団に代表されるように全員が鉄砲玉みたいなものだったんです。

 たとえば人間ロケットで飛んでいくとか、人間ゴキブリホイホイといってとりもちにくっつくとか。とりもちも強力すぎて、下手すると指紋までとれちゃいそうな粘着力の強いもので、髪の毛がついたらその部分ははさみで切るしかないとかね。

 ロケ自体は1~2時間で終わっても、そのあと丸1日仕事にならない。なかでも“バス吊り下げアップダウンクイズ”は、海の上に人間が入ったバスをクレーンで吊って、正解すると上がったままだけど、みんなお約束で不正解なの。どんどん海水に浸かっていくわけですよ。

 でも当日暴風雨で大しけでね、海に入ったら、バスの座席が水圧でみんな浮いてきちゃったんです。想定外でしたね。椅子が上っていって天井にぶつかって空気が少ししかなくて。一歩間違えたら死人が出てもおかしくないような感じでね。今は笑い話だけど、とんでもないことやってました(笑い)。みんな必死でした。それがひたむきに映ったなあ。

 ダチョウ倶楽部の“聞いてないよ”だって、本当は聞いていたのかもしれないけど、初めて聞いたみたいな感じのリアクションが生まれてて。それがおれたち作り手の想像をはるかに超えて面白かったんですよ。感謝しなくちゃいけないですよね」

※女性セブン2016年6月23日号

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