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今年で24回目、住民主体の”葉山芸術祭”の魅力とは

今年で24回目、住民主体の”葉山芸術祭”の魅力とは

ここ15年ほどの間に、全国各地で開催されるようになった芸術祭。中でも24年間もの長い間、息長く住民に愛されてきたのが「葉山芸術祭」だ。ゴールデンウィーク前後の約3週間にわたって、神奈川県・葉山町を中心にメインイベントを始め100を超す参加企画が開かれ、緑萌ゆる新緑とともに町全体がほのかな高揚感に包まれる。この芸術祭の長寿の秘訣を取材した。

“地域発”・”住民主体”の「アートプロジェクト」

「芸術祭」や「アートイベント」に訪れたことのある人は多いだろう。代表的なものに「ビエンナーレいしかわ秋の芸術祭」(1999〜)や「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(2000〜)、「横浜トリエンナーレ」(2001〜)、「瀬戸内国際芸術祭」(2010〜)、「札幌国際芸術祭」(2014〜)があるが、いずれも最近始まり、かつ、2〜3年毎に開催するものが多い。しかし、今回取材した「葉山芸術祭」は、スタートが1993年と古く、しかも、毎年行われるユニークな祭だ。

4−5年ほど前に知人主催のイベントに足を運んでから、私は毎年この芸術祭に訪れるようになった。海も新緑も眩しく光るこの時期は、葉山の良さを存分に享受できる気がしたし、「出展者がみんな楽しそう」なワクワク感が気に入った。あるイベントに顔を出すと「向こうでは〇〇さんがやってるよ」と紹介されたり、普段なら入れない民家に「作品展」にかこつけ訪問できるのも魅力だった。華々しく始まったものの徐々に継続が難しくなるイベントも多いのに、この葉山芸術祭はなぜ、こんなにも長い間、多くの人々を魅了してきたのだろう。

今回の取材で、実行委員の松澤さんが発した「地域発・住民主体のアートプロジェクト」という言葉が妙に気になった。続く「まちづくりとか、地域活性のためにやってるんじゃない」「自分たちの意志に基づきたい。だから住民主体なんです」という強い言葉に、葉山芸術祭の根幹を見るような思いがした。松澤さんのこうした言葉にフォーカスし、葉山芸術祭の歴史と今ある理由を探ってみよう。

「世界レベルの芸術」から「生活芸術」へ

ことの始まりは1993年。「豊かな自然の中に人と芸術の息づくまちを!」をテーマに「世界の芸術と葉山の地域」をつなごうと住民有志が葉山芸術祭を発足させた。自然の中でウィーンフィル中心メンバーによるコンサートを堪能し、地元アーティストの個展も喫茶店やギャラリーで開催。当時掲げた「葉山の自然と芸術の融合」は今も変わらない大切な方針だ。

しかし、実行委員会が大幅に入れ替わった第4回から、芸術祭が指す”芸術”は「世界芸術(アカデミックな”伝統的”芸術)」から「生活芸術(暮らしに根ざしたアート)」へ大きく舵を切った。今では人出が最も多い「青空アート市」(森山神社の境内にクラフトやオーガニックフード店が並ぶ)の始まりや、体験型のワークショップの割合が増えたことが大きいという。【画像1】左:境内の参道には道の両脇に手づくりの雑貨やアート作品のブースが並ぶ 右:境内にはオーガニックフードの屋台村も(写真撮影:SUUMOジャーナル 編集部)

【画像1】左:境内の参道には道の両脇に手づくりの雑貨やアート作品のブースが並ぶ 右:境内にはオーガニックフードの屋台村も(写真撮影:SUUMOジャーナル 編集部)

「暮らしに根ざしたアート・クラフト」はその後の葉山芸術祭の行末を決定づけた。18の企画で始まった芸術祭は徐々に参加数が増え、第14回には110を超す企画が開催。「生活に立脚したアート」を謳って門戸を広げ、地域住民主体の芸術祭として定着したことが、数ある芸術祭の中でも異色を放っている。

「地域住民の、地域住民による、地域住民のための」芸術祭

唐突だが、プロジェクトには「ボトムアップ型」と「トップダウン型」があると言われる。私は、実行者が決定権を持つボトムアップ型の方が企画の成功率は高いと信じているが、「葉山芸術祭」はその典型的な例のように感じられた。実行委員である松澤さんの「地域住民の、地域住民による、地域住民のための」の言葉が象徴的だが、その理由を以下の3つにまとめてみた。

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