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末期癌医師・僧侶が解説 「八正道というヨーガ」とは

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 2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月であることを自覚している医師・僧侶の田中雅博氏による『週刊ポスト』での連載 「いのちの苦しみが消える古典のことば」から、仏陀の「八正道というヨーガ」という言葉の真意を紹介する。

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 お釈迦様の最初の説法は「苦・集・滅・道」の四つの真実(四諦)で、そのうちの初めの三つ「苦・集・滅」を前回までに書きました。今回は最後の「道」という真実です。これは「いのちの苦しみを吹き消す道」なのです。

「苦」(いのちの苦しみ)は自己執着にまとめられました。「集」(苦しみが生ずる原因)は生殖・生存・死への本能的な欲求(渇愛)でした。そして「滅」(苦しみの消滅)は渇愛の制御で、自己執着が空っぽになることでした。従って「道」(苦しみを吹き消す道)は、渇愛を制御して生きる道であり、自己執着を空にするヨーガです。

 ヨーガはインダス文明に発祥したアジアの文化です。文化とは「より良く生きようとする努力の現われ」であり、ヨーガは内向的な文化です。内向的な文化とは自己自身を変える努力であり、武器を代表とする外向的文化とは対照的です。インダス文明の遺跡からは武器らしいものは発見されないそうです。

 ヨーガは「心の働きの制御」です。ゆったりと安らかに座り、呼吸を静かにしていって心を鎮めていきます。そして本尊に精神を集中します。本尊とは「そうなりたい自己の理想像」です。精神集中が進み、心の中で本尊のみ光輝き、自己自身が空虚のようになった状態を「三昧」といいます。「中華三昧」という即席麺がありますが、中華になりきったという意味なので、うまいネーミングだと思います。

 お釈迦様もヨーガによって仏陀になりました。仏陀とは「目覚めた人」という意味です。お釈迦様以来、仏教ヨーガの特徴は「三昧」で止まらずに「観想」を行なうことです。観想とは「精神を集中して観察し、考えること」であり、修行僧は、お釈迦様が説法された「苦・集・滅・道」の四つの真実(四諦)を観想しました。

「道」という真実(道諦)は「八正道」というヨーガで、「正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定」の八支(仏道修行における八つの実践項目)から成り立っています。ここでの「正」は、善悪の正でも正誤の正でもなく、「完全」という意味の言葉の漢訳です。理解・思惟・言語・行為・生活・努力・憶念・三昧という生存の八つの次元で完全に渇愛を制御して生きる道です。

 最初の「正見」は、完全に四諦を理解することです。理解することを仏教では「信」といいます。言葉で理解しただけで、すぐにそうなれるわけではありません。それで続けて、四諦について、完全に思い(正思)、話し(正語)、行ない(正業)、生活し(正命)、努力し(正精進)、常に忘れず(正念)、ヨーガで三昧(正定)に至ります。

 最後の正定によって最初の正見(完全なる理解)が得られるという循環構造です。この繰り返しで「信」が深まっていきます。

●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。 1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月と自覚している。

※週刊ポスト2016年6月17日号

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