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原発事故「最後の仕事として追究して」 山本太郎×田原総一朗 対談全文

山本太郎氏

 「反原発」を訴え続ける俳優・山本太郎氏は2011年10月20日、ニコニコ生放送に出演し、ジャーナリストの田原総一朗氏と対談。東京電力と福島第1原発事故をめぐる問題について、田原氏に自身の主張や疑問をぶつけた。田原氏は「言っていることは自分とそんなに変わらない」と山本氏の主張に耳を傾けたが、時に山本氏の疑問を「謀略論。ばかばかしい」と一蹴したり、また「デモに行くとやっぱりダメ」と突き放した。さらに「自民も民主も元は同じ」と政府に対して投げやりな物言いをする山本氏に「気楽なことを言うな。ダメだ!」と一喝する場面もあった。

 反原発を訴えたことで周囲に迷惑が及ぶことを考慮し所属事務所を退社した山本氏と、35年前に著書『原子力戦争』を書いたことでテレビ局を離れたという田原氏。対談の終盤には山本氏が、原発事故問題を含みながら、77歳の田原氏に「最後の仕事として、腐った世の中を追究してください」と懇願。田原氏は「まず大晦日の”朝まで生テレビ!”に出てくれ」と応えた。

 以下、両氏の対談を全文書き起こして紹介する。

・[ニコニコ生放送]全文書き起こし部分から視聴 – 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv67148635?po=news&ref=news#00:03

■ワイドショーが「VTRで出てくれ」という時は出ない方がいい

田原総一朗氏(以下、田原): ”こんにちは”か”こんばんは”かよく分からないんだけど、田原総一朗です。よろしくお願いします。

アシスタント: こんにちは、アシスタントの佐々野宏美です。「田原総一朗 談論爆発!」。この番組は、常にジャーナリズムの第一線に立ち続けている田原総一朗がゲストと徹底討論していきます。それでは、本日のゲストの方をご紹介いたします。俳優の山本太郎さんです。よろしくお願いいたします。

山本太郎氏(以下、山本): よろしくお願いします。

田原: よろしくお願いします。

山本: 番組の始まる直前に、田原さんが「これ生だよね」って(笑)。よろしくお願いしますよ、本当に。生ですから。

アシスタント: 4回目なんですけどね。では山本さんのプロフィールをここでご紹介させていただきます。兵庫県宝塚市出身で、現在36歳でいらっしゃいます。芸能界入りのきっかけは、高校在学中に出演したテレビ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」。

山本: そうですね。

アシスタント: この中の一般人がオリジナルのダンスを披露する「ダンス甲子園」というコーナーに出場しました。個性的で強烈なパフォーマンスがウケて全国にその名を轟かせることになりました。そして1992年には、テレビドラマ「しあわせの決断」で俳優デビュー。その後、素朴な青年からチンピラ役までこなす幅広い演技力が認められまして、NHKの連続テレビ小説「ふたりっ子」、映画「バトル・ロワイアル」、大河ドラマ「新選組!」など、数々の作品で俳優として活躍されます。気が付けば、デビュー以来出演してきた作品は50本を越えまして、今では映画・ドラマには欠かせない俳優となりました。

 しかし俳優として順調にキャリアを積み上げていた山本さんに、大きな心の変化が訪れました。きっかけは、今年3月11日に発生した「東日本大震災」。震災発生後、福島第1原発の放射能事故に苦しむ人々の姿を見て思い悩んだと言います。そして4月9日、ご自身のツイッターで「黙ってテロ国家日本の片棒担げぬ」と発言し、翌日には東京・高円寺で行われた反原発デモに参加しました。その後、再びツイッターで原発関連の発言が原因で、7月から予定されていたドラマの仕事を降板することになったと発言。これが芸能界に大きな波紋を広げまして、ワイドショーに大きく取り上げられると、山本さんは事務所に迷惑を掛けるわけにはいかないと、所属事務所を退社。そして現在は、俳優としてフリーランスで活動する一方、反原発を訴えてデモや講演会などに積極的に参加されています。

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