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竜の神話と生物学のロジック、篠田節子のサイエンス・フィクション

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竜の神話と生物学のロジック、篠田節子のサイエンス・フィクション

 篠田節子はこれまでも、毒性を有する変異カイコが猛威をふるう『絹の変容』、新種日本脳炎を媒介する軟体動物が蔓延る『夏の災厄』と、描線がくっきりとしたパニックSFを送りだしてきた。『竜と流木』はそれらにつづく最新作である。人間に仇なす生物の量感でみれば、こんかいはほとんど怪獣小説といってよい。

 なにしろ敵は全長四十センチだが俊敏、後ろ足と尻尾で立ちあがり倒れこむように襲いかかる攻撃性、トカゲのようでトカゲではなく、ウツボめいたぐねぐねした動き。鋭い歯で噛みつき神経毒を注入する。そのうえ口中は多種多様な病原菌の巣窟なので、咬まれた人間はその傷から全身へと壊死が広がる。刃物は通用せず、銃弾を撃ちこんでも急所をはずせば驚異的な再生をし、そのうえ繁殖力旺盛ときている。まさに「黒い悪魔」だ。

 この危険生物と対照的なのが、物語の冒頭に登場する小さな生命の可憐さである。

 主人公の僕(アメリカ人の父と日本人の母を持つジョージ)は太平洋上の小島ミクロ・タタで、「水の守り神」として親しまれている両生類ウアブと出会う。

〔尾を左右に振って水中を泳いでいるその姿を水面上から眺めたかぎりは、どこにでもいるイモリか食用蛙のオタマジャクシのようだ。/だが水中で見るウアブはそうした両生類とはまったく違う生き物だった。背中の色は砂粒を散らしたような淡いベージュ色だが、もぐって側面から眺めると、その腹は赤ん坊の頬のような、オレンジを帯びた半透明のピンクだ。大きく太い尻尾と小さな後ろ足、短いがちゃんと指の揃っている愛らしい前足。その輪郭は、なんとほ乳類のカワウソそっくりだった。丸い頭部についている真っ黒い目もつぶらで表情があって、それがイモリ、サンショウウオ、カエルの類とは信じられない。〕〔そのゼリーのような柔らかく太い体をこすりつけてこられたとき、僕はそのかわいらしさと肌を触れるものの頼りない感触に切なくなるような愛着を感じた。〕〔首を傾げるような仕草、餌を両手で掴み口に運ぶ姿、しかも夜になると鳴く。/肺呼吸ではなく、エラ呼吸だというのに、暗い水槽の中でまるで犬が鼻を鳴らすような声を立てる。〕

 インフラ開発のあおりでウアブの棲息する泉が干上がることになり、僕は世界の愛好家に呼びかけて保護クラブを結成する。生物学の専門家も交えた意見交換のすえ採用されたのは、ミクロ・タタから数キロ離れたメガロ・タタへウアブを移す計画だ。メガロ・タタには丁寧に造成されたリゾートエリアがあり、そこならば在来の生態系と隔離してウワブを棲まわせることができる。

 しかし、移動後に予期せぬことが起こる。まず、原因不明のウアブ大量死。さいわい全滅は免れ繁殖にも成功するが、いったん増えた個体数が減少しはじめ、しかも今度は死骸が見あたらない。ウアブ保護クラブのひとりは、何者かが捕食しているのではないかという仮説を立てる。時期を同じくして、リゾートエリア周辺で、凶暴な黒いトカゲのような生物が出没しはじめる。あるいはウアブを餌としてメガロ・タタに少数存在していた未知の肉食生物が急速に数を増やしたのかもしれない。いずれにせよ、島という閉じた空間でひとたび生態系が狂えばなだれのようにバランスが崩れていく。

「黒い悪魔」の被害はリゾートエリア周辺からほかの地区へも広がり、家畜が襲われ死者も出る。さらにはフィリピンや沖縄でも、黒いトカゲ様の生物にひとが咬まれる事件が発生する。しかし、それを遠く離れたメガロ・タタとを関連づけて考える者はいない。しかし、僕だけは事態の深刻さを直感する。

 僕の立てた仮説はこうだ。島の周囲ではプラスチックなどの漂流物に遺棄された網が絡んでできたゴミの筏がしばしば目につく。あれが海流に乗れば遠い距離を行ける。だが、あの危険生物が筏で航海するなんてありうるのか? いくら強靱な生命力とはいえ、長期間餌もなく陽に晒され海水をかぶらなければならない。生きて沖縄にたどりつくなど千にひとつ、万にひとつの確率ではないのか?

 その疑問を抱いたまま、僕はアメリカの進化生物学者フェルドマン教授たちウアブ保護クラブの仲間たちと協力して調査をおこない、危険生物が実際に海へ出ていることを確認する。陸にいる群も海に頭をむけて集まっている。まるで意志を持って島を離れようといるようだ。渡りの本能もしくは繁殖地を求めているのか。あるいは地震や火山噴火などの自然災害を予知して逃げだそうとしているのか。

 じつは危険生物の生存戦略(海を渡る手段も含めて)には生物学的な根拠があることがのちのち明らかになる。こうしたバックグラウンドを篠田節子はけっしてないがしろにしない。正統なサイエンス・フィクション作家の資質だ。

 そのうえで神話性や人文的視座を矛盾なく物語へ乗せていく。それを象徴しているのが「竜と流木」という表題だ。

「黒い悪魔」が騒動になりはじめたころ、観光地の評判を守ろうとする外国資本、うわずった役所がやみくもに罠や毒餌を仕かけた。それは危険生物にはまったく効果がなく、鼠や蚊を捕食し人間の役に立っているトカゲを殺しただけにおわった。この島にはさまざまな種類のトカゲがおり、島民と共存しているのだ。島の古老は悲しげに首を振る。「みんな、みんな、隣の島の竜の子孫なのさ」

 かつてこの海域に大きな無人島があった。ひとが住みつかなかったのは竜が支配していたからだ。その島は九十年前の嵐と地震で海中へ没し、周辺の島に無数の流木に乗って小さな竜が流れついく。その竜はやがていろいろな形や色をしたトカゲになって、ひとびとと農作物をネズミや害虫から守ってくれるようになったのだ。古老はそんな話をしてくれた。

「黒い悪魔」の禍々しさ、ウアブの愛らしさ、伝説の竜の神秘……こうしたイメージの置きかたが抜群にうまい。

 いっぽう、物語は尻上がりに緊迫の度を高めていく。危険生物の生態が徐々に明らかになるものの、対策は遅々として進まない。相手が神出鬼没でしぶといこともあるが、島民たちが非協力的なのだ。僕の父(元軍人のタフガイ)が中心となって組織した駆除隊は、島民から感謝されるどころか白い目で見られる。地元では危険生物は在来種ではなく外国人がペットとして持ちこんだものが逃げだして繁殖したと考えているのだ。それはまったくの誤解なのだが、僕は島民の気持ちを否定できない。一連の事態の引きがねになったのは、僕がウワブをミクロ・タタからメガロ・タタへ移したことなのだから。

 駆除隊のメンバーが信じるのは銃だ。現状で許可されているのは空気銃だが、この非常事態に市民的良識に配慮などしていられない、もっと威力のある武器を導入すべきだと彼らは主張する。僕は大袈裟だと思うのだが、父はこともなげに言う。「なんの根拠もなく楽観的な人間から先に戦場では死ぬのだ」。

 しかし、僕はあの危険生物と戦争するつもりはない。生物や生態の次元に戦争という発想を持ちこむことに違和感がある。

 篠田節子がおそろしいのはそこから先だ。僕は戦争でないと考えながらも、罠にもかからず刃物も通用しない危険生物に対して当面有効なのは銃撃—-しかも相手は強靱な再生能力を備えているので確実に仕とめなければならない—-だと理解している。銃を用いるかぎり人間が負けることはない。そして、危険生物に対する恐怖はスリルへと変わる。醜い敵に弾を撃ちこみ、穴だらけにし、温かみのないどろどろした血を流させるとき、僕の体内に大量のアドレナリンが分泌される。危険生物の息の音を止めたしゅんかん、やったぜとガッツポーズを決める。

 子どものころ父に強制されて鹿やジャッカルの狩りをしたが、そのときは嫌で嫌でたまらなかった。しかし、いま、危険生物を殺戮するのは快感だ。ウアブを研究している僕は生物に良きものと悪しきものの区別などないと知っている。にもかかわらず、相手が醜い危険生物ならば、命を奪っても罪の意識どころか達成感や高揚感すらある。そうなった自分はタフな男らしさを是とする父とどこが違うというのだ。

 この作品は生物学・生態学に基づくSFのアイデアをベースに展開しながら、それと響きあうように父と息子(成熟と無垢)の葛藤を重ねていく。わかりやすいエンターテインメントなら父に反発する息子という図式に収めてしまうところだが、この作者はそんな凡手はとらない。もっと細やかな機微があり、のがれられぬ桎梏がある。

(牧眞司)

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