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「シリアより素晴らしい国はない」シリアの今と昔と未来を考える(後編)

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Photo Credit: Takayuki Nakano「シリア難民を巡る旅〜スウェーデンの難民編「果たしてヨーロッパは難民にとっての楽園なのか?」

(中編からつづく)

なぜヨーロッパを目指すのか

シリアを出た難民の人たちは、近隣諸国であるヨルダン・トルコ・レバノン・イラクに行った後に、ヨーロッパを目指します。もちろんすべての人ではなく、「戦争が終われば、すぐにシリアに戻れるように」と近隣諸国での生活を望んだり、今ここに仕事があるから、それを手放すリスクを負って行こうとは思わない、という声もあります。

近隣諸国ではこんな声もありました。
「俺たちは、この国では難民じゃない。“お客様”なんだ。だから、居心地は決してよくないし、この国の国民としての権利も与えられない。俺はいいが、子ども達はどうなる。シリアの戦争はすぐ終わると思っていた。俺だけじゃない。シリア人も、受け入れている国もだ。だから、最初は俺たちを“お客様”として歓迎してくれたけど、戦争はもう5年目になる。もう“お客様”じゃないだろ。だが、ヨーロッパの国々は、“お客様”ではなく、難民として俺たちを受け入れてくれるんだ。つまり、権利が与えられる。語学学校に通うだけで充分な金銭的サポートを与えてくれて、数年住めば、国籍も与えられるという話も聞く。このまま、この国にいても希望はない」

このような話はヨルダン、イラク、トルコで共通して聞きました。特に子どもの教育を考えて、ヨーロッパやカナダへの難民を希望する話はよく耳にします。ただご存知のように、ヨーロッパへの道のりは決して簡単ではありません。

ギリシャに決死の密航を経てたどり着いた人たちから話を聞いたところ、トルコから20kmほどの距離にあるギリシャの島々に行くためには、聞いた範囲になりますが、最も高い金額で一人700ユーロ(約87000円)。これが家族分必要なのです。そして、9mほどの大きさのゴムボートに40人が乗り込み、2時間~3時間ほどの航海をします。「運転したのも難民だった」と言う話も聞きました。

「目の前で沈んだボートがあったよ。沈んでいく瞬間を見たんだ…」
「俺のボートは、出発して30分で転覆した。立て直したボートに必死にしがみついて、ここまで来たんだ」
「(港にある木材を指差して)あれはフェリーにぶつかって粉々になった、難民の船の残骸だよ」

Photo Credit: Takayuki Nakano「シリア難民を巡る旅〜ギリシャ編「世界中から人が集まる!人種のるつぼの国へ」

そうした決死の密航を経てたどり着いたギリシャ。ギリシャからはバスで旧ユーゴ圏を超えて、ドイツやスウェーデンなどを目指します。ギリシャから最初の目的地であるマケドニアまで、バスで45ユーロ。これも家族の人数分、用意する必要があります。

ギリシャにも難民キャンプはありますが滞在はせず、当日か翌日には、すぐにヨーロッパに向かうケースが多いようです。

Photo Credit: Takayuki Nakano「「シリア難民を巡る旅〜ギリシャ編「世界中から人が集まる!人種のるつぼの国へ」

彼らが望んでいるものは?

僕の出逢ったシリア難民のほぼ全ての人が口にした希望は、「シリアに帰りたい」というものでした。「僕たちはヨーロッパに行きたいわけじゃないんだ」と。彼らの少ない選択肢の中で、考えられる最善のものとして、ヨーロッパを希望しているだけなのです。 また前編でお伝えしたように、シリアの生活は本当に豊かなものでした。生活水準を下げることは決して簡単ではないことを、日本の人たちなら理解しやすいかと思います。

シリアの人たちも同様なのです。豊かな生活を知っているからこそ、「不平不満」も口にし、自分たちの豊かな生活を取り戻すために、今ある選択肢の中でヨーロッパへ向かうのだと思います。

「シリアがもともと豊かな国だった」という前提を知らなければ、こうした心情を理解しにくいかと思い、まず前編で書かせていただきました。

Photo Credit: Takayuki Nakano「シリア図鑑 お店編 〜中東シリアでお世話になったお店〜

あくまで「苦肉の策」として、ヨーロッパでの難民を希望しているのであり、彼らの望みはシリアに帰ること。しかし中編でお伝えしたように、シリア国内は泥沼の紛争状態です。

各国・各組織の思惑が入り混じった代理戦争が、シリア国内で繰り広げられています。 かつては(少なくとも表向きでは)存在しなかった、宗派の対立、民族の対立も生まれてしまいました。

「もう元には戻れないと思うよ。全てのシリア人は、家族の誰かを殺されている。殺していた側の人たちを許し合うのは簡単じゃない」というシリアの青年もまた、兄を亡くし、残りの親兄弟姉妹はシリア国内、サウジアラビア、ドイツ、とバラバラに離散していました。

「また家族みんなで食事をすることが僕の夢なんだ。数年前は日常だったのにね。今はもう不可能な夢に思える」と、彼は言ったのです。

Photo Credit: Takayuki Nakano 「シリア図鑑 田舎生活編 〜協力隊で生活していた場所ってこんなところ〜

僕らができることはあるのか

僕らにできることはあるのでしょうか。それを確かめるために、今回の旅に出たのですが、どうすることがいいのか、正直わかりません。

ただ、今回の旅でお世話になった、シリア難民を支援をしているNGOの人たちの活動を応援するために、講演やチャリティーイベントを実施しています。 もし、僕の話を聞きたい、一緒にイベントを作りたいという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

ライター:へむり。
idea journey〜シリアの今と昔を伝えるために

この記事の旅行記はこちら

*Takayuki Nakano 「シリア図鑑 田舎生活編 〜協力隊で生活していた場所ってこんなところ〜
*Takayuki Nakano「シリア難民を巡る旅〜スウェーデンの難民編「果たしてヨーロッパは難民にとっての楽園なのか?」

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