ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

パイロットを目指し、スタートアップに燃えた男がリクルートキャリアで挑戦する理由

DATE:
  • ガジェット通信を≫

子どものころから思い描いていた夢や目標をなんらかの理由であきらめたとき、再び別の目標を見つけて前以上に挑戦しようとするエネルギーを生むのはなかなか難しいことです。

リクルートキャリアに勤める増井は、学生時代からパイロットを目指して猛進。しかしあるパイロットから言われた一言が夢を見つめ直すきっかけになり、次のステップを踏み出しました。一度夢を捨ててもなお増井を突き動かすその原動力とは、一体何なのでしょうか。増井のストーリーを紐解きます。

増井勇貴(ますい・ゆうき)

幼少期からパイロットを目指すもとある出会いから「事業家として生きた証を残したい」という想いを頂き、東京理科大学を卒業後、2010年に新卒でメガベンチャーに入社。その後、学生時代の友人の誘いを受けて2011年4月にスタートアップの創業に参画。取締役退任後、2013年に事業家としてのさらなる成長を求めてリクルートキャリアに入社。現在はリクルーティングアドバイザーとして企業の中途採用支援に従事する傍ら、新規事業立案制度「RECRUIT VENTURES」にも通過するなど幅広く活躍している。

パイロットという確かな目標と、挫折

パイロットになりたいと思ったのは、小学生のころでした。福井県にある何もない村で生まれたのですが、「有名企業に入りたい」とか、「みんなが知っている仕事に就きたい」という想いは田舎で育ったからこそ強く醸成されて、それがパイロットという夢になったのだと思います。

当時はパイロットに求められる視力の条件が厳しくて、僕では目指すことができなかったんです。だから航空高校にも行かず、ごく普通の学生として過ごしていました。でも大学に入って東京に出てきて1年が経ったとき、「全日空がパイロットになるための規制を緩和した」というニュースをネットで見かけたんです。

うれしいというより、ただただ驚きました。真夜中にパソコンの前でボロボロ泣いている自分がいて、「涙まで出てくるのなら、もう、目指すしかない」と覚悟を決めたんです。そこからはパイロットになることだけを考える大学生活が始まりました。

しかし翌年の10月、実際にパイロットの方に会う機会を得たのですが、そこで夢は挫かれることになりました。パイロットの方から出会い頭に「増井君はパイロットではもったいないよ」と言われたんです。

パイロットの方は事前に僕のブログを読んでくれていました。そのうえで「あれだけのメッセージを持って物事に取り組む人材が、なんでパイロットになりたいの? 増井君ならもっとほかのところで頑張った方が絶対に活躍できると思う」と言って下さったのです。そこで初めて「もしパイロットにならなかったら、どんな人生を歩んだだろう?」と考えることになりました。これが、新たなキャリアを描いたきっかけになりました。

「生きた証を残したい」新たに生まれた人生の目標

パイロットの方と別れた後、3日間大崎駅のスターバックスにこもって、パイロット以外の人生の選択肢について考えました。ただ空が好きで、飛びたいと思っていて。心からなりたいと思っていた為、なりたい理由すら考えたことがなかったのですが、改めて考えてみるとパイロットになってからやりたいことが2つあることに気づきました。

1つ目は、空港で子供と話し、その子がパイロットを目指すなど夢を与えること。

2つ目は、地元の高校で講演会をし、夢は目指せば叶う、だから諦めるなということを伝えたいということ。

それを思い出したとき、自分は「誰かの心に残りたい」と思っているのだと気づきました。そして、「ナゼ?」を繰り返していました。なぜ大学に行くのか、なぜ働く必要があるのか、なぜお金を稼ぐ必要があるのか……。質問に対する自分の答えにナゼを繰り返していくと、最後「なぜ自分は生きているのか?」という疑問に行きつきました。そしてその答えが、「自分の生きた証を残したい」というものでした。それがパイロットとして実現したかったこととリンクしたのです。

持論ですが、「生きた証」は、「幅」と「深さ」で測ることができると思っています。「幅」は、影響を与える広さ。たとえばサッカーの本田圭佑選手の生き方を見て、「もっと頑張ろう」と思った人は世界中にたくさんいると思います。「深さ」はひとりひとりに与えた影響度合い。たとえば医者に命を救われたら、患者は一生その医者のことを忘れないと思うんです。このように、「より広く、より深く、生きた証を残せるように生きたい」と考えるようになりました。これが自分にとっての人生の目的であり、「なぜ自分は生きているのか?」の明確な答えです。パイロットになることは、その目的達成の為の目標であり、手段だと気づきました。

ただ、それに気づいた自分はすでに20歳。医者になるなら6年間学校に通わなければならないし、スポーツ選手も今から目指すのは難しい。今から始めてもまだ間に合う可能性が高いものは、事業しかないと思いました。だからパイロット以外の生き方をするなら、事業家として名を残したいと思うようになりました。

とはいえ、当時の自分は、いきなり起業するようなリスキーなことにチャレンジする勇気はありませんでした。まずは一度、事業のノウハウを学べる会社に行くために就職活動をして、結果的にソーシャルゲームで有名なメガベンチャーからキャリアをスタートしたんです。

スタートアップでがむしゃらに働く日々と、そこからの脱却

新卒で入社した会社には2年間勤めたんですが、本当に全然仕事ができなかったんですよ(笑)。業績としての成果は出ていても、会社が求めるハードルに対して価値を返せていなかった。ひたすら詰められ続けた2年間でした。 

ずっと自信を持てない日々でしたが、その会社にいたからこそ徹底的なロジカルシンキングが学べました。それまでは物事を感性で考えるタイプだっただけに、社会人としてのスキルを身に付けることができたと思います。

そして新卒で入社して2年が経ったころ、学生時代に代表としてビジネスコンテストを運営していた時の副代表に声をかけられて、人材系のスタートアップ企業の取締役として入社しました。当時、まだまだ未熟な自分。悩むには悩んだのですが、客観的に見ても今後成長が約束されているマーケットで、ゼロに近いところから組織やビジネスを創ることに挑戦できる最高の機会が目の前にやってきて、飛び込むなら今しかないというタイミングでもあったので、退職を決意しました。

スタートアップの取締役時代は、これまでで一番仕事をしました。当時は10名弱の社員とインターン生がいたのですが、寝袋で寝て、家に帰れないこともありました。でも、寝袋生活って意外と楽しいんですよ(笑)。みんないるから合宿みたいで、「世界を変えるぞー!」って皆で励まし合っていました(笑)。社員も1年で15名、20名と増え、会社も大きくなり、一緒にマーケットを創っていくのが楽しかった。本当にいい経験をさせてもらったと思います。

でもスタートアップにジョインしてから2年ほど経ったある日、「この会社を上場させてキャピタルゲインを得て、例えば大きな庭を持って暮らすことと、今の時間を大切に過ごすこと、どちらが大事なんだろう?」と思う瞬間がありました。家族や自分の生活に対する責任を考えたとき、このままの暮らしではいつか後悔するかもしれない。25歳にして、これまで自分がいかに自分のことだけ考えて生きてきたのかを省みることとなりました。

そんな苦悩の中で、スタートアップを退社することを決めました。突然の退社だったので当時のメンバーには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。「今しかできないこと」を考えるようになって、次の会社を決めるまで、いろいろなことにチャレンジしようと思いました。家族は自然が好きなので、実家の福井に帰って、片道1時間半かかる福井県内のベンチャー企業に短期間ジョインし、暮らしました。

福井に帰る前も、いい経験をしました。これまでの人生では所属組織の代表的なポジションにいることが多く、学生時代にアルバイトをしたこともなかったので、思い切っていろんなアルバイトをやってみたんです。いくつものアルバイトをかけもちをしていろんな経験をして、いろんな職業の方と一緒に働く経験をして、これまでは知らなかった世界を見ることができました。下手に海外に行くよりも、得られることは多いと思いました。

マネジメント力と更なる営業力を求めて

アルバイトと福井で2カ月ほど生活して、転職先はリクルートキャリアに決めました。もう一度ベンチャー企業に行くことも考えたのですが、またベンチャーに行くならそのときは自分がトップとしてやりたいと思いましたし、もっと自分では経験できないものを学べる場所に行きたいと思ったのが志望理由です。 

これまで所属していた2社では、売上を達成するためのスキルは身に付いたものの、「部下の成長を支援する」というスキルは皆無でした。だから営業力の更なる向上と、マネジメント力の向上を考えたときにリクルートが一番イメージに合っていました。リクルートグループも複数社受けていましたが、リクルートグループの中で最もビジョンに共感できたのがリクルートキャリアであったことも決断を後押ししました。

今、リクルートキャリアに勤めてから丸2年半以上が経ちましたが、マネジメントシステムの巧みさを感じるシーンが日常のあらゆるところにあります。これだけ全員が全力で頑張っている会社はなかなかないし、モチベーションを維持させる表彰と賞讃の仕組みがよい企業文化を作り出している。自分も会社を作るなら、この空気を持っていきたいと思っています。

また、リクルートグループ全体の新規事業立案制度「RECRUIT VENTURES」に通過し、投資をもらい、新規事業開発も経験させてもらいました。グループ全体で従業員数3万人を超える規模で、これだけ自由度が高いところも学びでした。そして、ある部長との出会いで、自分の弱さに向き合う経験もでき、「こんな人に自分もなりたい」と思える方がいたことも大きな経験になっています。 

今後については、また独立したいと考えているので、少なくともあと少しはしっかりリクルートで挑戦しようと思っています。その後については漠然としていますが、38歳を一つの区切りと考えているので、そのときに家族で好きなことをして、楽しめる環境を作りたいと思っています。 

とはいえ、僕はリタイアしてのんびりすることを望むタイプではないとも思っているんです。人生の目標はリタイアすることではないし、ちょうど先日、父と夕食をとる機会があって、リタイアした人生を想像することがありました。仕事に情熱を燃やして、新卒で入社した会社で取締役までまっとうした父が去年、監査役に退き、そこから突然ヒマになったようなのです。昔は「定年になったら船を買ってのんびりする」と話していた父でしたが、いざヒマになったら退屈で、どこでもいいから働きたいと思ったそうです。同じ血が流れている自分も、そうなりそうだなと思ったので(笑)。

生きた証の醸成

冒頭にお話した「自分の生きた証を残す」という人生の目的は、今でもずっと変わっていません。おそらくパイロットになりたかったときも、同じ目的を持っていました。今は事業家として活動することで生きた証を残そうとしていますが、結局は手段が変わっただけで、ゴールは同じなんです。

モチベーションの源を聞かれることがありますが、今は「パイロットにならなくてよかった」と思いたい自分がいて、そのために頑張っているところもあるかもしれません。「生きた証」をビジネスで残すことができたら、きっと死ぬときに「ああ、おれパイロットじゃなくてよかったな」って初めて思えると思うんです。そこにかけて勝負をしたい。夢ではなく明確な目標としてパイロットを目指してたからこそ、「パイロットじゃなくてもよかったよ」と、過去の自分に言ってやりたいと思っています。

カテゴリー : デジタル・IT タグ :
carrariaの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。