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2017年、映画の街「調布」がついに完全復活!

2017年、映画の街「調布」がついに完全復活!

映画が庶民にとっての最大の娯楽だった昭和30年代と比べると、日本の映画産業は衰退の一途をたどっていると言われていますが、都内には今も、現役で映画をつくり続けている街がまだ多く存在します。23区内では「東宝スタジオ」がある世田谷区砧、「東映東京撮影所」がある練馬区東大泉などが「映画の街」として有名ですが、「日活調布撮影所」、「角川大映スタジオ」の2つの撮影所を有する多摩地区の“調布市”も、映画づくりが盛んな街として知られています。

一時期と比べると数は減ったとはいえ、調布市内には映像関連企業が多く集まっていて、「東京現像所」、「高津装飾美術株式会社」、「東映ラボ・テック株式会社」、「石原プロ」など、30社以上の企業が、今も邦画製作に携わっています。

かつては”東洋のハリウッド”と呼ばれた調布市

調布で映画産業が盛んになったのは、昭和8年に「日本映画株式会社」の撮影スタジオ(のちに日活が買収)が、現在の京王相模原線京王多摩川駅近くにつくられたのがきっかけ。都心に近いわりに、映画の撮影にふさわしい自然環境に恵まれていたことや、フィルムの現像に適した地下水が豊富だったことなどがその理由といわれています。

昭和29年、日活が新たに東洋一の規模を誇る撮影所(現在は約4分の1に縮小)」を下布田(現在の調布市染地2丁目)に建設したのを機に、映画関連企業が調布に集まりはじめ、映画産業の全盛期である昭和30年代には、”東洋のハリウッド”と呼ばれていた時期もあったそうです。

映画の街と言われながらも、映画館の空白状況が長く続いていた

現在の調布の街には、映画産業華やかなりしころの面影は残念ながらありませんが、今も「映画づくりの火を消すまい!」という気風が市民の間には強く残っていて、市内では「調布映画祭」や、若者や子どもを対象とした映像ワークショップやフィルムコンテスト等が毎年、数多く開催されています。

とはいえ、調布市では、映画づくりが盛んな一方で、映画を上映する場所(常設映画館)が一軒も無いという状況が長く続いていました。駅前のパルコ内に唯一残っていた映画館「パルコ調布キネマ」が2011年に閉館して以降、完全な”映画館空白地帯”となってしまったのです。

そのため、調布市民は映画を見る際には、お隣の府中市のシネコン(TOHOシネマズ府中)に出かけるか、立川や新宿まで足を延ばさなくてはなりませんでした。”映画のまち・調布”とうたっているわりには、市内に映画館が一軒もないなんて、あまりに寂しすぎますよね。【画像1】調布市は、映画の街としてだけでなく、『ゲゲゲの鬼太郎』ゆかりの街としても有名。漫画家・故水木しげる氏が調布市在住であったことから、商店街には鬼太郎やねずみ男、ネコ娘などのオブジェが多数設置されている(写真撮影/次にくる住みたい街はここだっ!取材班)

【画像1】調布市は、映画の街としてだけでなく、『ゲゲゲの鬼太郎』ゆかりの街としても有名。漫画家・故水木しげる氏が調布市在住であったことから、商店街には鬼太郎やねずみ男、ネコ娘などのオブジェが多数設置されている(写真撮影/次にくる住みたい街はここだっ!取材班)

市民念願の巨大シネコンが2017年、ついにオープン!

そんな調布市に、今年に入ってうれしいニュースが飛び込んできました。2017年に駅前にシネコンが新しくつくられることが、ついに決定したのです。

京王線の地下化(国領駅〜調布駅間)が2013年に終了したことで、現在、調布駅周辺では再開発工事が急ピッチで進められていますが、その一環として誘致されたのが「イオンシネマ調布」です。新しいシネコンは多摩地区では最大級の規模(11スクリーン・総座席数2100席)を誇るとあって、すでに映画好きの市民の間では「名実ともに映画の街としての調布が、ようやく復活するのでは?」との期待が高まっているようです。【画像2】駅舎や線路が地下へと移ったことにより、現在、駅周辺には巨大な空き地が出現している。シネコンはPARCOの西側エリア(写真向かって左側へ少し歩いた先)につくられる予定(写真撮影/次にくる住みたい街はここだっ!取材班)
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