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高熱で苦しんだ末に死んだ平清盛 死因はインフルエンザか

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「討死」や「謀殺」、「自決」によって英雄の最期はドラマチックに語り継がれるが、「病」に苦しみ、「病」と闘い、「病」に斃れた歴史上の人物の悩みはあまり知られていない。平清盛(1118~1181年。享年63)の死因は何だったのか?

 1159年の平治の乱で源義朝を破り、武士として初めて太政大臣となった平清盛。平家の棟梁として独裁政権を樹立したが、源頼朝ら反平家の源氏が蜂起した1181年、謎の熱病に侵された。

『平家物語』の第六巻「入道死去」には、清盛が1週間にわたり高熱に苦しむ様子が「悶絶躄地して、つひにあつち死にぞし給ける」と描写されており、身体を冷やす水がたちまち水蒸気になったとも。2月という季節柄、インフルエンザに罹患した可能性が指摘されている。

※病名などについては『戦国武将の死亡診断書』(酒井シヅ監修/エクスナレッジ刊)などを参考に記したが、病名や死因については諸説ある。生年・没年については『コンサイス日本人名事典』(第4版/三省堂)などを参考にした。享年は満年齢を基本としたが、出生・死亡日が不祥のものは数え年で表記したケースもある。

■監修/酒井シヅ(順天堂大学名誉教授)

※SAPIO2016年6月号

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