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鮮やかな個性が躍動し権謀術策が渦巻く、絢爛たる幻想武侠ロマン

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 一年ほど前、この欄でケン・リュウの短篇集『紙の動物園』を紹介した。「珠玉のような作品」という常套句があるけれど、ケン・リュウの珠玉は高硬度の宝石というより琥珀や鼈甲のように温かく柔らかい。その輝きは初長篇『蒲公英(ダンデライオン)王朝記』でも健在だ。疾風怒濤の長尺エピック・ファンタジイで、邦訳は二分冊の刊行。本書はその第一巻にあたり、つづく第二巻は6月刊行の予定。それほど待たずに読めるのは嬉しい。

 ケン・リュウは子どものころ中国の歴史小説に耽溺した。その昂奮を自分なりに再創造したのがこの作品だという。下敷きになっているのは紀元前三世紀の中国で起こった楚漢戦争だが、舞台は架空の多島海へ移され、地勢も文化もオリジナルな設定となっている。小道具(テクノロジーも含めて)に絹や竹、牛の腱、紙、筆、ココヤシ、鯨の骨、魚の鱗、珊瑚などのマテリアルが活かされ、独自の風合いを醸しているのが特徴で、作者は「シルクパンク」と名づけている。

 ダラ諸島にはもともと七つの王国が拮抗していたが、そのうちのひとつザナが統一戦争で天下を取った。各地で反体制の火種はくすぶりつづけているが、初代皇帝の座についたマピデレの権勢がそれを押さえつけていた。しかし、二代目のエリシ皇帝の御代となると、帝国の軋みが顕在化する。世間知らずに育てられたエリシ皇帝はすっかり側近の操り人形にされ、前皇帝を記念する豪華な大霊廟のために国費を浪費し、辺境で起こっている叛乱の動きの報告があがってきても一顧だにしない。もし誰かが一杯の米がないために死者が出ているのだと進言したら、皇帝はさぞかし驚くだろう。「米を食べることになぜこだわるのだ? 肉のほうがもっと美味しいではないか?」

 この作品はたくさんのキャラクターが入れ替わり立ち替わり登場するので、はじめのうちは覚えるのにちょっと苦労する(さいわい巻頭に「主要登場人物」の一覧が付されている親切設計だ)。しかし、ひとりひとりが丁寧に造型されており、読者が物語に入りこむにつれて味わいがましていく。たとえば、皇帝を誑(たぶら)かしている摂政クルポウや侍従長ピラも、単純な権力欲や俗っぽい野心で動いているのではなく、精神が凍りつくほどの険しく屈折した人生をたどっている。そうした陰影のつけかたがケン・リュウはじつに上手い。

 そのなかで主役のクニ・ガルはあっけらかんと陽性だ。平民出身だが俗欲に流れたりはせず、かといって暑苦しい正義漢でもない。学ぶより遊ぶことが好きで、ふだんは深く考えないが、ひとたび考えればちゃんと道筋がつけられる。彼の行動原理は「一番面白いことをつねにしたい」。

 クニは賦役局に職を得るが、囚人を賦役隊(大霊廟建造のため人数を集めている)へ送り届ける際に不手際をしでかし、なりゆきで山賊になる。彼が預かった囚人は五十人いたのだが、そのなかに足が悪い者がひとりいたため行進が遅れて(弱い者のペースに合わせてやるのがそもそもクニらしいのだが)山中で露営することになり、朝になってみると囚人が十五人しか残っていなかったのだ。囚人はどこへ逃げてもやがて捕まってしまうし、逃亡の埋めあわせに家族が酷い目をみるので、夜まで鎖につないでおく必要もないだろう—-というのが彼の発想だったが、みごとに裏切られたわけだ。「いったい連中はなにを考えているんだ?」とクニは憤慨するのだが、読者は「いやいや、ソレはキミのほうだよ!」と突っこみたくなる。なんとも愛すべきキャラクターである。

 このまま賦役隊へ行っても、クニ自身が厳しい罰を負わされるだけだ。ザナの法律は無慈悲きわまりない。そんな法に従う道理はなかろう。クニは自分の元に留まった十五人の囚人ともども山のなかに隠れて、それぞれの家族(地元で酷い目に遭わされているにちがいない)を救う手だてを考えることにした。

 山賊となったクニの評判はしだいに高まっていき、さまざまな者が(男も女も)彼のもとへ集まってくる。障害があったり年齢のせいでほかの山賊団に拒まれた連中も、クニは躊躇なく仲間に加えた。山賊は剣を振るって力で闘うだけが能ではない。適材適所でさまざまな役割を為しうるのだ。それにクニが目ざしているのは山賊行為ではない。国が民を保護しない世の中で、民が自分たちで法をなしていくための方途を探っているのだ。

 ときを同じくして、賦役に駆りだされた農村出身のフノウ・クリマとゾウパ・シギンは、魚の腹から出てきた紙に記された予言に導かれて叛乱軍を組織する。彼らが旗頭にしたのは、国をなくしたコウクル王位の後継者。羊飼いに身をやつしていた彼を強引に引っぱりだしたのだ。その動きに、かつて存在したほかの五カ国の再興を願う勢力も同調しはじめる。われらがクニもこの仲間に加わる。

 さらにここにきて、もうひとりの主人公マタ・ジンドゥが存在感が発揮する。それまでもチラチラと姿を見せてはいたのだが、クニと並ぶことで対照的な性格が際立つのだ。マタは悲劇を負った貴族ジンドゥ家の最後の生き残りで、プライドの高い直情型。武侠の漢である。彼は一族の名誉というレベルを遙かに越え、宇宙に秩序を取り戻すことこそが自分の使命だと信じている。

 クニとマタ、まさに柔と剛、静と動の取りあわせだ。

 彼らに対する権力側ザナ帝国も一癖二癖あるキャラクターが揃っている。先にふれたクルポウ摂政、ピラ侍従長のほか傑出した個性は、在庫管理や経理が大得意の小役人から軍隊を預かる立場に転じたキンドウ・マラナだ。沈着冷静でかわいげのないところが、かえって愛嬌といえなくもない。いや、かなりヒドいことするんですけどね、コイツが。たぶん『巻ノ一』のなかで最大の悪役。

 このマラナと対峙するヒロインが、アム王国のキコウミ王女だ。彼女は「神のどの似姿よりも美しい」と讃えられる美貌の持ち主だが、本人はその美貌をうとましく思っている。自分は才能によって認められ世に出たいと願う。しかし立場と容姿、そして激動する時代がその希望を阻む。ケン・リュウの小説は短篇もそうだったけれど、女性(さらにいえばマイノリティ一般)への共感が通っている。キコウミ王女は対象化されたイコンではなく、けわしい生のさなかにあるひとりである。彼女のいたましい活躍が、波乱含みの物語を『巻ノ二』へと導いていく。

(牧眞司)

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