ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

不平等ではない!施設に入居したての認知症高齢者を特別扱いする理由

DATE:
  • ガジェット通信を≫

みなさん、初めまして。約20年にわたり、グループホームをはじめとした施設で介護職に従事してきました、魚谷と申します。現在は認知症支援事業所を立ち上げ、より認知症の方との関わりを大事にしていくため日々活動しています。

今回は、私が出会った約500人の認知症高齢者のなかでひときわ思い出深い、ひとりの男性利用者さんのお話をさせていただきます。このお話をとおして、初めて施設に入居する方へのケアについて考えるきっかけになればと思います。

笑顔で過ごすなかにもおとずれる「ひとり」

坂本さん(仮名・83歳)は長年連れ添った奥様と3年前に離婚し、ひとり暮らしをしていました。1年ほど前から、散歩に出かけるたびに家の場所がわからなくなり、何度も警察のお世話になっていました。認知症の症状が出始めていたのです。

坂本さんが保護されるたび、警察に迎えに行っていたのは、近隣に住む5歳年上のお兄さんでした。迎えに行く回数も増えていき、「ひとりで暮らすのはもう限界なのでは」と心配していたようです。そして、私の勤務していたグループホーム(施設)に申し込まれたのです。

体に何ら不自由がない坂本さんは、私たち職員の不安をよそに、入居当初より他の入居者の車いすを押したり、別の入居者や職員に積極的に話しかけに行かれたりと、笑顔で過ごされていることが多かったのです。

ただそんな中、「ひとり」の時に見せる悲しそうな顔が印象的でした。

家に帰りたいという訴えを聞いた私は…

ある晩、夜勤職員より、「坂本さんが家に帰ると言っていて困っています」との連絡を受け、施設に向かいました。夜勤職員は夜の7時30分から翌朝7時30分まで、1人で9人の認知症高齢者の対応を行います。慣れない職員にかぎらず、担当職員の不安軽減のため、何かあったらいつでも電話をかけて良いと伝えていたのです。

施設到着後に見た坂本さんは、他の入居者や職員の前で見せる笑顔ではなく、ひとりで過ごされている時の悲しそうな顔をしていました。そして私に何度も頭を下げならこう言ったのです。

「たのむ、帰らせてくれ。俺は今まで一人で過ごしてきたのに、なんでここにいるんかわからん。お願いや…」

「もう遅い時間ですし、暗くて危ないから明日にしましょう…」という、通り一遍な私の対応に納得することもなく、悲しそうな顔は続きました。意を決し、私はお兄さんに電話をしました。事情を説明し、坂本さんと2人、車でお兄さんのご自宅に向かいました。

弟を想う兄、兄を慕う弟

お兄さんのご自宅に到着し、「俺は今まで一人で過ごしてきたのに、なんで今の所にいるんかわからん。不安でたまらん。帰らせてくれ」と私の時と同じように、坂本さんはお兄さんに頭を下げながら言いました。

少しの沈黙があった後、お兄さんが話し始めました。「お前は覚えてないだろうが、お前が1人で生活していた時、家から出たあとに帰れなくなり、警察のお世話になったことが何度かあった。そんな時は、近くにいる俺が面倒をみてやらなあかんのかもしれんけど、俺ももう88歳や、口は元気やけど体が思うように動かんからそれもできん。それにこの歳になってまで俺を心配させるようなことはするなよ。俺を安心させるためにも、今の所におってくれんか…」と言いました。

それを聞いた坂本さんは、「そうか、そんなことがあったんか。すまんかった、迷惑をかけて悪かった。兄貴、これからも今の所でおるようにするわ。色々とありがとう」と、これまで以上に頭を下げ言いました。施設に戻るまでの車中、坂本さんは優しいお兄さんの話をずっと笑顔でされていました。

特別扱いする意味とは?

自ら望んで施設に入居される人など、ほとんどいらっしゃいません。どんな人でも、多かれ少なかれ不安を抱えて入居されます。認知症の方は、状況の理解が困難な場合が多く、特に配慮が必要ではないでしょうか。私が勤めていた施設では新しく入居される方がいた場合、まず特別扱いをするよう指示をしていました。

職員の中には、「他の入居者もいる中で不平等ではないか」という職員もいました。そういった場合は決まって次のような説明をし、理解を求めています。

「平等とは、何も対応する時間を均等に分けることではない。それぞれの入居者のその日、その時の状態を見極めた上で、内容や時間を適切に割り振り対応していくことこそ平等である」

最大限の不安を抱える初めて入居する人にこそ、特別扱いしてあげてほしい。そうすれば、きっとその後の対応がうまくいくと考えています。

この記事を書いた人

魚谷幸司

昭和47年生まれ。東大阪市在住。大学在学中よりアルバイトで介護に従事する。卒業後は特別養護老人ホームやデイサービスセンター、認知症グループホームにおいて主任や副管理者等で勤務した後、本年1月に認知症支援事業所を起業。500人、20年以上に渡って認知症と呼ばれる方の声を聴き、今も向き合い続けています。また社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員を所持し5人の成年後見人としても活動しています。

カテゴリー : 生活・趣味 タグ :
認知症ONLINEの記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP