政治的/社会的なテーマをグローバルな視点から問う、アート・ロックというPJハーヴェイの“戦い方”(Album Review)

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政治的/社会的なテーマをグローバルな視点から問う、アート・ロックというPJハーヴェイの“戦い方”(Album Review)

 1990年代初頭からのプロキャリアを持つ英国のシンガーソングライター、PJハーヴェイ。彼女が4月にリリースしたニューアルバム『The Hope Six Demolition Project』が、全英チャートのトップに輝いた。前作『Let England Shake』(2011年)では大戦後の母国の歴史と問題に踏み込んだ作品だったが、新作はよりグローバルな視点をもってポリティカルなメッセージを放つ、重厚な作品に仕上げられている。

 まず、アルバム・タイトルに用いられている「HOPE VI」というワードについてだが、これは90年代から米国で行われている住宅政策のこと。貧困層が密集し犯罪発生率の上昇した都市を再開発し、幅広い所得層を混在させようとする政策だが、一方で現実には旧来のコミュニティを瓦解させてしまうことの懸念があり、また異なる所得層・民族層の融合を難しいと考える人々の声も少なくない。

 PJハーヴェイのアルバム『The Hope Six Demolition Project』は、3月に発表された先行シングル曲「The Community of Hope」で幕を開ける。どこかノスタルジックに響く、希望に満ちたアメリカン・ロック・チューンだ。《死と破壊の通り》と呼ばれた荒廃の都市を再生させようとする思いを乗せた歌だが、なぜか《ここにはウォルマートが建てられるだろう》という最終フレーズの反復が空虚に響いてしまう。

 そしてアルバムは、荒廃した市街の情景をヘヴィなギター・リフとコーラスで描く「The Ministry of Defence」、繰り返される殺戮の悲しみがメロディに立ち込める「A Line in the Sand」、《15もの鍵が彼女の鎖にはぶら下がっている》という社会への不安とコミュニティの崩壊を伝えるゴスペル・ロック「Chain of Keys」と、我々が直面する深いテーマに向き合ってゆく。まるで黒人霊歌を現代に蘇らせるような「River Anacostia」は、アナコスティア川(ワシントンDC)の深刻な汚染は天罰なのかと問うナンバーだ。

 PJハーヴェイは、コソボ、アフガニスタン、そしてワシントンDCと各地を旅しながら今回のアルバムのテーマを見つけていったそうだが、彼女は必ずしもアメリカ国内の問題を取り上げているのではなく、民族や文化の違いが入り組んだ社会での平和を、より広い視点で捉えようとしている。簡単には解決に至らないが、様々な文化が交配したアートであるロックを手掛かりに、ルーツを辿るようにしながら、困難な問題に向き合おうとしているのだ。

 彼女の作品にはお馴染みの顔ぶれである、ジョン・パリッシュやミック・ハーヴェイ、フラッドらが本作にも参加しているが、彼らの男性コーラスが全編にフィーチャーされ、PJハーヴェイの歌声とコントラストを描き出してゆく点も素晴らしい。ポリティカルなメッセンジャーとして、あくまでもアート性の高いロックで戦う、現在のPJハーヴェイのしなやかな活動姿勢が伝わるアルバムだ。(Text:小池宏和)

◎リリース情報
『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』
2016/04/15 RELEASE
HSU-10072 2,592円(tax in.)

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