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横山秀夫「“たまたま”が一生になることもある」

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横山秀夫の小説は、現代社会で働く誰しも身につまされる

「私の小説の主人公は、誰かの不可解な行動の胸中を探っていくことが多いんです。想像の“線”をあらゆる方向に伸ばして追っていくんだけど、その誰かは全然違う思いを胸に秘めていた…その“ズレ”こそがまさしく私にとってのミステリーなんですね」

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タバコをくゆらせながら横山さん、朗らかにいう。大きな組織のなかでの個人が何とどう戦い、どんなことを実現しようとするのか。ものすごく平たくいうと、そのあたりのしがらみを描く。警察を舞台に、捜査の最前線に立つ刑事部ではなく、組織の運営側に立つ警務部をおもに取り上げるのが「横山ワールド」。デビュー作『陰の季節』の主人公はD県警の警務部で人事を担当する男だった。元刑事の大物OBが、なぜ天下り先のポストから退かないのかを探る話。

フィクションの世界のスーパー人事担当者なら勇ましく「やめなさい!」と啖呵を切るけれど、横山作品の主人公はジクジクと悩む。現実社会で上司、しかも位のあまりに高い人に意見を言わざるをえない時と同じスタンスで相対する。

容易に我が身に置き換えられそうなのだ。得意先から値引き要求があり、社内の頑固な開発担当者にその旨伝えないといけないとか。開発担当者は開発担当者で、懇意にしている下請け業者に更なる値引きを持ちかけねばならないとか。下請けさんは更なる値引きで、子どもの学費に悩むとか。

で、今回このインタビューが行われたのは『64(ロクヨン)』が前後編の2部作で映画化されたから。

2012年に出版された600ページ超えの長編。「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」などで1位を獲得した、横山さん屈指の傑作のひとつである。主人公の三上はD県警の「広報官」。もうそれだけで板挟み感満点でしょ? できるかぎり捜査情報を外に出したくない警察と、少しでも情報を得たい新聞社、県警詰めの記者クラブ。三上はもともと刑事として実績を上げてきた男で、広報の仕事をこなしながら刑事部への復帰を目論んでいる。で、刑事時代に担当した未解決の少女誘拐殺人事件、通称「ロクヨン」があと1年で時効をむかえるというタイミングで、警察庁長官が被害者の父・雨宮を訪問することになった。だが雨宮は拒絶。その態度に疑問をもった三上は自ら「ロクヨン」を調べ始める。時を同じくして三上の娘・あゆみが家出。その件をダシに警務部長の赤間に首根っこを押さえられ、心は刑事部にある三上も警務部に頭が上がらず、記者クラブからの突き上げを食らい、複数の問題を同時に抱えることになる。そんな折、「ロクヨン」を模した誘拐事件が発生する。…って、ものすごく身につまされますよね! 一旦、三上に感情移入したらその大変さに泣く。横山さん、この物語を紡ぎだすのに、実に12年をかけたという。

書いては立ち止まり、立ち止まっては書いた『64(ロクヨン)』

「短編を量産していた時期に、最初の長編として書き始めたんですよ。物語の推進力を高めるため主人公に短編以上の重い負荷をかけたんですけど、それが災いしたというか、四面楚歌の主人公を動かしていくだけの力が私になかったんですね」

着手したのが2000年。12年を過ごした新聞記者生活からフリーライターを経て、作家デビューした2年後。150枚ほど書くも短編の仕事が多忙を極めて中断を余儀なくされ、心筋梗塞や胃潰瘍で入退院を繰り返した後04年から心機一転、雑誌連載に切り替えるも途中でギブアップ。その後は手元に置いて断続的に書き進め、ほぼ完成。発売日まで決まった09年、読み返してみて「これでは出せない」と発売中止。結果、日の目を見たのが12年のことだった。

「オレはもう枯れたのかなとかいろいろなことを思いましたね。筆が止まったのは『64』が初めて。でも、放り出したままこの先、作家を名乗って仕事をしていけないという思いに駆られて、『64』を出すまでは他の仕事はしないと宣言してしまってね。それがまた自分首を絞めることになって(笑)」

横山さん、短編の名手として知られる。執筆の際はいつも、とっかかりにかなりの時間をかけるという。50枚の短編で締め切りまで仮に1週間としたら、6日目までは冒頭の10枚にかかりきる。そこが決まれば、残り40枚はあっという間。『64』に関しては「500枚ぐらい編集者に渡していたんです。800枚ぐらいで完結かなと思っていたら、出来上がってみたら1400枚を超えていて…。どの段階で完成形が見通せたのかはわからないですね。途中、記憶障害に陥って主人公の名前も思い出せない時期があったりもしたので(笑)。でも最後の何百枚かは、もう“舞い降りちゃってて”ものすごいスピードで書けました」。

完成したのは、「前日から寝ずに書き続けた昼前ぐらい」。横山さん、新聞記者だった30代前半の頃、「書きたい」という思いに駆られ、それは自ら取材して書く新聞記事では埋めることができずに、サントリーミステリー大賞に応募するため『ルパンの消息』を書いた。この時には「楽しくて楽しくて。自分の中のビッグバンだった」と語っている。苦しんで苦しんで12年をかけて完成にたどりついた『64』が横山さんにもたらしたものは…。

「ふーっと溜息をひとつついて“今まで何やってたんだろう”って思いました。その昔は、短編をひとつ書き終わるたびに“勝利の踊り”を舞いながらFAXを送ってたんですよ(笑)。でもこの長編を書き終えた時は…むしろ寂しかったな。手放したくなくなっちゃってたのかもしれません。 “オレのだ! 誰にも渡さん!”みたいに(笑)」

だから、「感慨」なんかはとくになかった。

「でもね、書き終えてみて、ひとつ発見がありましたよ。実は中盤を書き直している最中に、ものすごくいい1行が浮かんだんですね。私は『個人と組織の相剋』をテーマに小説を書くことが多いんですが、その本質を言い当てた象徴的な1行。それを『64』のどこかに入れるつもりだったんです。当然どこかに入ると思ってたんですが、結局入らなかった。驚きでした。1400枚も書いたのに、たった1行を入れる場所を見出せなかったんですから。どれほど素晴らしい1行でも、この小説のピースとしては不要だったということです。その1行は、いつ書くかわからないけど、いつか書く小説のどこかにハマる1行。そのとき輝くであろう1行だと思っています」

その1行は決して言わないと笑いつつ、この作品を象徴するような1行の話はしてくれた。

「サブテーマのひとつとして物語に組み入れた“たまたまが一生になることもある”というフレーズです。私もいろいろな仕事を経験しました。自分の望む仕事や職種に就いて、努力しながらひとつひとつ目標を達成していくのは素晴らしいことに違いないんだけど、そこで得られる“果実”は想像の範囲内ですよね。世の中には望まないところに進まされることもあります。そんな時でもそこで腐らずに、懸命に手を伸ばせばつかめる果実がある。それは、想定内の果実よりも深い味わいを得られることもままあります。そして自分も知らなかった自分、考えたことのなかったもうひとつの人生を発見することにもつながるも。そんな思いを、私は『64』に込めました」

映画『64(ロクヨン)』に込められた思い。人生まだまだ何もわかっちゃいない

これまで横山さんの数々の作品が映像化されてきた。これについては素直に嬉しいという。

「自分の書いたものが映像として立体化されるのは、考えただけでも愉快で楽しいです。が、ちゃんと映像化できるんだろうかと不安にもなります。私の書くものはたいてい実質一人称一視点。主人公が見たり体験したりしたこと以外は書けないという縛りで、どうしても内面描写や主人公の想像、妄想で物語が進展していくので、映像で表現するのは難しいだろうなと思うんですね」

『64』の場合もそうで、前編はとくに原作を緻密にトレースしたようなつくりになっている。内面描写をとくにセリフで説明しないかわりに、非常に丁寧に映像で見せている。

「心配は杞憂でしたね。映像のすごさは、観る人が仮にそのシーンの正確な解釈をできなくても、感覚として何かがすっと心に入り込んでくるところかな。『64』は本当に驚くべきものでしたね。映画というつくりものというよりは、人間そのものが画面から飛び出してくるような」

原作では、三上が広報部に骨を埋めようとする決意がクライマックス。実は映画では、原作とは違うエンディングがつくられている。

「シナリオの段階で瀬々(敬久)監督とかなりやりとりしたんですよ。何だかラストに向けて三上が刑事に戻ってしまうように読めたんですね。ただ何度も話をして、こんなふうに説明されたんです。原作では職業人としての三上に軸足があるけれども、映画では家庭人のほうにシフトすることで、三上をより人間的に描きたい、って。それで納得しました。一人称の小説では三上の内面の決着で終われますが、三人称の映画ではそうもいかないだろうな、とも思いましたね。結果的には、活字と映像の幸福なすみ分けができたんじゃないかな」

そして横山さん、自身のターニングポイントについて語ってくれた。

「私は新聞記者をしていたこともあって、30代40代の頃には世の中のたいていのことをわかった気になっていました。人間ってこうだよね、社会はこんなふうに回っていて、政治経済はこういう仕組みだなって。それが作家になって50歳を過ぎてまたわからなくなってきたんですね。とりわけ人間の心の仕組みが。自分で自分を測ることはできるけれど、他人には必ずしも当てはまらない。“自分とは違う人生がある”ということですね。そんな当たり前のこと、誰しも頭ではわかっているわけですが、いざ他人の心を推し測ろうとすると、自分の人生経験しかモノサシがない。人間同士のスレ違いや過ちはだいたいそういうところに生まれるんだろうなって思っています」

そこが横山作品のキモ。そして、こんな言葉が横山さんの誠実さを表している。

「ひとついえるのは、59年生きてきたけど、これはこうだと確信を持って口にできる真理はいくつも獲得できていないということ。でも私はそれを“ある意味”誇りに思っています。先達はあらゆる分野の真理を提示してくれているけれども、その本当の意味を知るためには自分自身がもがき苦しんで歩を進めていくしかない。今はネット社会の伸長もあって、知る前から知っている、わかる前からわかっている、といった空気が充満しているだけに、まず、“わからない”というところから始めることが大切な気がします」

そして横山さん、ひとつだけ最後にこんな話をしてくれた。

「私の大好きな手塚治虫の『ロック冒険記』というマンガ。すごくオモシロイのでぜひ読んでみてください。そこに“もうひとつの地球”というものが出てきます。昭和ズブズブの私は、パソコンを開くたびに、“もうひとつの地球だな”って思うんです」

武田篤典(steam)=取材・文/稲田 平=撮影
(R25編集部)

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※コラムの内容は、R25から一部抜粋したものです
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