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上條恒彦 まず観客を信頼することからすべてが始まる

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 歌手として大ヒットを記録してから役者の道も進んだ上條恒彦は、豊かで張りのある声からアニメ映画の声優としても出演している。役者として様々な現場で感じた監督と役者の関係の重要性について上條が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。

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 上條恒彦は『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』と、宮崎駿監督のアニメ映画に続けて声優として出演している。

「『紅の豚』のマンマユート団のボス役は僕の当て書きみたいに見えますが、他に予定していた人が駄目になって回ってきたみたいです。あのアテレコはデジタル録音なので共演者は一緒にいなくて僕一人でやっていました。で、画面に向かって芝居していて、ふとブースを見ると宮崎さんがすっ転んで笑っている。『ああ、これでいいんだ』と思ってやりました。

 そんなに厳しい指導はなかったですね。『ちょっとこの感じを膨らましてください』というような言い方で。僕の役はちょっと抜けた三枚目な役ですから、愉快にやればいいみたいな雰囲気がありましたね。

 僕もこの声だけで、そんなに引き出しがあるわけではない。ですから、大変なのは監督ですよ。苦労してキャスティングしても思うように演じてくれないというミスキャストもありますからね。中には現場で役者をしごきまくる監督もいますが、しごいたってダメですよ。役者を怒鳴ったり、ものを投げたり、そんなことで芝居がよくなるわけがありません。

 怒鳴ってでも教育してやろうというような関係ではなくて、時間をかけて研究して、討議して、みんなでよくしていこうという関係を監督と役者が構築できれば、監督も役者も腕が上がっていくんだと思います。暴力的になってしまうと、いい芝居はできません」

 歌手として役者として、上條は多くの観客の前で感情を表現し、伝えてきた。

「まず観客を信頼しないとダメです。そこから全てが始まります。話し合いです。俺の話を聞いてもらう、そっちの言いたいことも聞くよ。そういう関係だと思うんです。観客と上手くコミュニケーションとれない時は、どんなにうまくやろうと思っても、ダメですね。

 観客と喧嘩してでも歌わなければならない場合もあります。そういう時でも、客を信頼しないとできません。それは芝居でも同じことだと思います。

『寛容』という言葉が当たっているかは分かりませんが、相手の気持ちを受け止める準備ができてないと。寛容になれる状態を自分の中に作り、お客さんにもそうなってもらえる状態にお連れする……といいますか。

 ですから、テクニックというのは大して問題じゃないと思います。もちろん、一生懸命にテクニックの勉強はします。トレーニングも怠りなくやっていこうと思いますが、実はそのことは大した問題じゃない。

 同じ時間をお客さんと共有し、考え合うというか思い合うというか……それがうまくできるかどうかが問題なんです。

 僕は76年生きてきましたが、ろくな人生を歩んでいません。そんな僕のような人間が言うことなんて、大したことではないですよ。二百人いたら二百人、二千人いたら二千人の想いがあって、その人たちとその時間を共に過ごす。そう思って舞台に立っています」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬神家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

◆撮影/藤岡雅樹

※週刊ポスト2016年5月6・13日号

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