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双子を妊娠!嬉しさもつかの間、20週で子宮口が開き始め絶対安静の長期入院生活へ

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2014年の初春。双子を妊娠しているのが判明しました。

最初こそ驚きと喜びでいっぱいでしたが、双子を妊娠するにあたり情報を集める中、双子の妊娠は「安定期」が存在しないのを知りました。特に注意しなくてはならないのが「早産」の危険性だったのです。妊娠したての当時の私は「妊娠してしまえば誰でも元気に赤ちゃんを産めるものなんだ」と思っていたので、早産の危険性に関してあまりにも無知でした。

そして忘れもしない20週5日目の妊婦健診の日。いつものようにエコーを通して我が子を見られるのを楽しみにしていた私はウキウキで診察台にいました。

この日は双子の内の片方の性別が判明した日でもあり、主治医と楽しくおしゃべりしていたのです。妊娠周期的に子宮頸管と子宮口の大きさを測るためにいつもより長めの診察でした。

それまでの間ずっと主治医と話をしていたのですが、ある画面で主治医が急に無言になりました。どこか嫌な空気が流れはじめ痺れを切らし私から「何かあったのですか?」と質問をしました。すると主治医は重い口をようやく開け

「子宮口が開いています。すぐに受け入れ先を探すのでこのままの状態でいてください。」

その言葉を聞いた瞬間それまで忘れていた妊娠初期の頃に見た双子を妊娠するにあたっての危険性を思い出したのです。そう、双子は「早産のリスク」がとても高いのです。

ほんの30分前まで自由に歩き回っていた私はいきなりの絶対安静生活になってしまったのです。

無事に主治医のおかげでいつ生まれてもいいようにNICUが完備されている大病院に転院となった私。入院先ではトイレすらベッドでやらなくてはならないほど深刻な絶対安静でした。子宮口は1cm開きはじめ、いつ破水が起きてもおかしくない状況にあったのです。

しかし不幸中の幸いは子宮頸管がそこまで短くなかったことでした。そのおかげで結果的に約2か月の入院生活に耐えられたのです。

はじめて張り防止の点滴をいれた際、とても危険性が高かった私は殆どMAXの量をいれられました。そのせいで動悸がひどくあまりの息苦しさに涙があふれました。

「どうしてこんな苦しい思いをしなければならないんだろう、いつまで続くんだろう。」と一日がとても長く感じ苦しく辛い日々を過ごしました。はじめての妊娠。しかも双子で、海外で入院。とんでもなく不安でたまらなかったです。

状況は変わらないまま入院してから2か月たったある日。とうとう私の体が限界に達しました。あまりのストレスに便が出なくなったのです。そのせいでお腹の張りが悪化し子宮口が5㎝開いてしまいました。

血液検査で炎症反応が見られたため、緊急帝王切開が決まったのです。涙が止まりませんでした。私のせいで大切な子供たちをお腹に留めておくことが出来ず、外にださなければならない状態にただただ悲しかったです。

オペ室に運ばれている中、嗚咽をあげて泣きじゃくる私に担当の医師が声をかけてくれました。「私たちのすべてをかけてあなたとあなたの子供を助けるから。だから心配しないで」と。

そして、2014年のある日。妊娠29週2日で男女の双子が生まれました。子猫みたいに小さな声で小さく泣く子供が私の胸にいるのです。すぐに双子はNICUに運ばれ離れ離れになってしまいましたが、それでもこんなにも愛おしい命が世の中に存在することを知りました。

著者:Belle

年齢:28

子どもの年齢:1歳4か月

2014年に男女の双子を海外で出産しました。3か月の早産で低体重で生まれたので、本来の出産予定日である日まで約3か月間NICUにお世話になりました。現在1歳4か月。スクスクと成長しています!双子育児に奮闘中!がんばります。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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