ガジェット通信

見たことのないものを見に行こう

[岡本安代さんインタビュー第1回]”ママウンサー”誕生秘話!妊娠・出産、そして仕事を続けたいという思い

DATE:
  • ガジェット通信を≫

鹿児島県でフリーアナウンサーとして活躍する岡本安代さん。

14歳から6歳まで、5人のお子さんを育てる大家族のお母さんでもあり、現役ママならではの視点を大切にして活動するアナウンサー“ママウンサー”としても注目を集めています。また、家族のことを綴ったブログも人気で、昨年、テレビ番組でも密着されて話題を呼びました。

そんな大家族・岡本家ならではの育児方針について。また、5人の子どもを育てる中でぶつかった壁について。ママウンサーとしての仕事と育児の両立について。余すところなく語っていただきました。

第1回は、妊娠、出産のお話と、ママウンサー誕生秘話を伺います。

「仕事がしたい」思いを抑えて家庭に入り、悶々とする日々

地元鹿児島では、明るく元気いっぱいのアナウンサーとして多くの人に親しまれている岡本さん。フリーアナウンサーになる前は、鹿児島読売テレビの局アナでした。アナウンサーの先輩でもあった岡本善久さんと結婚し、妊娠を機に退職するという道を選んだのは24歳の時。でも、辞めた当初、今の岡本さんの明るいキャラクターとは裏腹に、悩み、葛藤する日々を送っていたそうです。

「ようやく仕事にも慣れ、これからバリバリ仕事をするぞ!と思った矢先のこと。局アナは早朝や深夜勤務もあり時間が不規則な仕事なので、結婚していったんは家庭に入るという決断をしたんです。でも、私は、ずっとアナウンサーになりたくてなりたくて、やっと念願叶ってアナウンサーという仕事に就きました。だから、辞めてからもものすっごく未練があったんです! 同業の夫を全力で応援しつつも、『うらやましい』という気持ちをずっと抱えていました

私も仕事がしたい。でも、結婚して子どもを授かったのだから、母になるということを第一に考えなくては…。当時の岡本さんは、何とか理性で自分の欲望を抑えつつも、悶々とした日々を送っていたと言います。

「悩みつつも、まずは今自分ができることをやろうと考えた時に、始めたのが夫のお弁当作り。夫は、お昼のお弁当は結婚当初から持って行っていたのですが、残業の時の夜ご飯も届けるようになりました。せっかく届けるのであれば、周りのスタッフさんの分も一緒にと思い、数人分のお弁当を作って、毎日のようにテレビ局に持っていっていました。当時の私は、仕事がしたくてもできない。でも何かしていたいと思っていたので、お弁当を届けることで役に立てている気がして、とても嬉しかった。みんなのためにと思い始めたことですが、結果的には自分のためになっていたのかもしれません」

お弁当が大きな転機に。フリーアナウンサーとして、料理番組に出演!

初めての妊娠で自分の体の変化に戸惑い、時には情緒不安定になることも。そんな中でもお弁当作りを続けた岡本さんに、第1子を出産直後、大きな転機が訪れます。

「毎日のようにお弁当を届ける私を見ていたプロデューサーさんが『そんなに料理が好きなら、君をメインキャスターに料理番組を立ち上げようと思う』と声をかけてくれて。長女を出産して2カ月目のことでしたが、『やります!』と即答しました。これが、私のフリーアナウンサーとしての第一歩。自分が今できることを模索して、続けていたことが実を結んだんです。昔から母に言われていた『自分が今やるべきことを大事にしたら、先が見えて来る』という言葉を実感した瞬間でした」

主婦目線で番組を作りたい、というプロデューサーの意向があり、ロケ先に赤ちゃんを連れて来てもOK、赤ちゃんの泣き声がノイズとして入ってもOK、という好条件。お子さんを保育園などに預けずに、フリーアナウンサーとして仕事復帰を果たしたのだそうです。

「一家の主婦という、番組を見てくれる視聴者の方と同じ目線で仕事をさせてもらえたのは、本当にありがたかったですね。その後、2人目、3人目…と続く出産時にも、まとめ撮りをして放送上はお休みしないで済むように配慮してくださったりと、鹿児島読売テレビには感謝しかありません。ただ、生後数カ月の乳飲み子を抱えて働くのは、想像していた以上に大変なことでした」

睡眠不足で仕事。ワーママ仲間もいない…。乳飲み子を抱えて仕事をすることの大変さ

小さな赤ちゃんがいながら働く上で、岡本さんが最も大変だと感じたのは、どんなことだったのでしょうか?

「まずは体力。まだ夜の授乳も頻回だし、夜泣きもある時期だったので、仕事の日は、一体いつ寝るんだ?というぐらい睡眠不足で、フラフラでした。

また、そもそもうちの夫は、私が専業主婦になることを希望していたんです。夫は母親が専業主婦の家庭で育っているので、家族が帰ってきた時に、一家のお母ちゃんが家にいない、という状況に抵抗感があったようです。でも、私の『仕事がしたい』という思いを知って、仕事復帰に背中を押してくれました。だから、夫に不安を感じさせたくなかったんですよね」

仕事復帰に背中を押してもらった分、岡本さんは、子どもに寂しい思いはさせない、家のことは絶対に手を抜かない、家事も料理もちゃんとやるから、と旦那様に伝えたそう。

「でも今思えば、こうやってハードルを上げることで、自分を追い込んでしまっていたような気がします。夫はやさしい人で、そこまで望んでいなかったと思うのですが、夫が帰って来たら寝ていても目を覚ましてちゃんとお迎えしなきゃ、ご飯を用意しなきゃ、と頑張りすぎていたかもしれませんね」

そもそも、当時岡本さんの周りでは、働くママのロールモデルがあまりいなかったそうです。もちろん、子育てしながら働く先輩アナウンサーもいなかった。それどころか、まだ20代半ばだったため、出産経験のある友人も少なかったそう。そのため、子育てをしながら働くことへの、周囲との温度差も感じたと言います。

共働き家庭が全国的にもスダンダードになりつつある昨今ですが、ほんの十数年前、女性が働きながら子育てをすることは、今よりも難しいことだったということがわかります。

「ワーキングマザーと言ってもいろいろな方がいて、お母さんが一家の大黒柱になるケースもありますが、私の場合は、夫が働いてくれているから、自分が仕事をしなくても生活はできます。私のような『仕事が生き甲斐だからやりたい』という考えは、当時はまだ理解されにくかったかなと思います。自分では子どものことを二の次にしているつもりはなくても、周囲にはそれがなかなか伝わらないと感じていました。だからこそ、仕事と家庭だけではなく、町内会の活動も人一倍張り切って参加する。本当にフル稼働な毎日を送っていました」

そんな大変な日々も、やはり「アナウンサーとして仕事をしたい」という熱い思いを持ち続けていたから、進んでこられたと岡本さん。

「外では岡本安代として仕事をして、帰ってきたら“母ちゃん”で、と自分の中でチャンネルを2つ持てることで、どちらも全力で取り組めてきたんだと思います。仕事をしていると、エネルギーも使うけど、逆にエネルギーをもらうこともいっぱいありますからね!」

岡本安代(おかもと・やすよ)さん

1977年3月8日生まれ。フリーアナウンサー。2001年に鹿児島読売テレビアナウンサーの岡本善久さんと結婚。3男2女の5人の子どもを出産し、育児と仕事を両立する“ママウンサー”として活躍。現在『かごピタ』(鹿児島読売テレビ)などにレギュラー出演中。テレビ出演の他、講演活動なども積極的に行っている。日々の育児について綴ったブログ:「走り続ける岡本家。〜全力で今を生きる〜」も大人気。

関連記事リンク(外部サイト)

職場復帰後、実際なにが大変!?今春、3回目の育休明けを迎える私が悩み工夫してきたこと
復職後、息子が体調を崩して何度も休みをとることに…。仕事と育児の両立は本当に難しい

赤すぐnet みんなの体験記の記事一覧をみる ▶
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

TOP