隠れベストセラー『暗渠マニアック!』著者と行く、東京暗渠飲み【渋谷編】
暗渠(あんきょ)、知っていますか?
この1~2年ほど目にすることが増えた「暗渠」という言葉。
私は当初、どう読むのかさえも分かりませんでした。
【渠】[音]キョ(漢) [訓]みぞ
こんな字が日本語にあるんだなあ……!
しばらくは読めないままに放っておいたんですが、
定期的にツイッターやらSNSに出てくると、やっぱり知りたくなるもの。
辞書を引いてみれば、
【暗渠】覆いをしたり地下に設けたりして、外から見えないようになっている水路
と、ありました。
要するに
「昔、川や水路があり、現在はフタをして見えなくしてある場所」という意味。
うーん……それで?
それの何がおもしろいのだろう……?
はてな。
言葉の意味がわかっても、トピックになる理由が分からないまま過ごしていましたが、そうこうするうち一冊の本が話題に。
それがトップ画像の『暗渠マニアック!』(柏書房)です。
オビには「暗渠を知ると“街の見え方”が変わる」の文字が。
ふーむ。
さっそく読んでみたんですが、結論からいって…
とっても、おもしろかったんです!!
どうおもしろく感じたかっていうと、
東京をみる目が、ホントにかなり変わりました!
日常的にみていたものが変容していく驚き。
東京って、こんなに川や水路があったんだなあ……!
そして著者のブログを見てみると、
各地の暗渠を訪ねては「都市のいまむかし」を感じつつ、
その近所で飲み食いを楽しまれている模様がアップされていたのです。
それこそが、暗渠飲み。
うーむ。
これもひとつの食の楽しみ方のひとつでは?
これは取材したいぞ。
『暗渠マニアック!』はおふたりの著者による共作。
髙山英男(たかやま・ひでお)さんと吉村生(よしむら・なま)さん、
暗渠のたのしみと暗渠飲みについて、具体的に教えてくれませんかー?
『暗渠マニアック!』著者のおふたりと、いざ出発
このへんで読み方忘れたひとも出てきそうですね。
確認のため、もう一度。暗渠(あんきょ)ですよ。アンキョ。
ちょうど暗渠探索中だったおふたり。
左側が高山さん、右が吉村さん(顔出しはご都合上NGとのことなので、ご了承ください)。きょうは渋谷の暗渠を散歩中でした。
渋谷といえば今や世界的に有名な街。
あの街のにも暗渠、すなわち「覆いをしたり地下に設けたりして、外から見えないようになっている水路」があるのでしょうか?
まずは実際に体験してもらったほうがいいと思うので、渋谷の暗渠を一緒にまわってみましょう! スタートは宮益坂下、ビックカメラの東口店の前から、渋谷駅方面に行きますよ。(高山さん)
高山さん「すぐに自転車置き場が右手に見えてきます。この奥に看板があるので、よーく見てください」
「なんて書いてあります?」
「え? 渋谷川遊歩道…しぶやがわ、ゆうほどう、ですね」
「そう、つまりここはもともと、川だったんです」
それでは、もう一度見てみましょう。
イマジン。 想像してみてください。
ここが昔は、川。
そう言われてみれば、道路のゆるやかなカーブがちょっと川っぽいかも……?
先の地点から1分ほど歩いて、渋谷西武デパートのA館とB館の間へ。
高山さん「さっきの渋谷川の支流のひとつが、山手線の高架下を抜けて、ここに連なっているんですよ」
え。
じゃあ幾度となく歩いてきた渋谷のこの通りって……
「川だったんです。いや今もこの下は川なんですよ。下水道になっていますけれどね」
じゃあ、いま道をゆくあのタクシーって、川の上を運転しているようなものなのか。
なんだか急に……A館とB館をつなぐあの立体通路が橋に見えてきたぞ。
「この先の町名を思い出してみてください。交番がありますよね?」
ああ、宇田川町の交番ですね。
え。
あれ。
「そう、宇田川町……ですよね?」
あ、そうか……
だから宇田「川」町なのか……!
「渋谷川をさかのぼっていくと、宇田川があったり、初台川があったり、いろいろな支流と出会えます。渋谷川って、分岐の多様性がおもしろい川なんですよ」
いやはや、なんとも。
渋谷駅からロフトやハンズのあたりが「かつて川だった」って、
どのくらいの人が知っているんだろう?
渋谷・東急本店と、東急ハンズをつなぐ道にて。旬のスポット「奥渋谷」に続くあたりですが、ここもかつては川だった、と高山さん。
髙山さん「この道路の蛇行する感じ、これが“かつての川”としての名残をすごくあらわしているんです。いかにも川らしい流線形じゃありませんか」
確かに、さっきよりも川らしいラインのうねりが感じられる。
吉村さん「この通りにある富士そば、“暗渠そば”ができるので重宝するんですよー」
暗渠を眺めつつたぐるそばは、たまらないのだそう。
かつてここが現役の川だった時代にも、そば屋さんがあったりしたんだろうか。
宇田川沿いでビールを飲みつつ、暗渠ウォッチング
この宇田川、いや「宇田リバーサイド」にあるおすすめ暗渠飲みスポットがデンマークからやってきたビールスタンド『ミッケラー・トウキョウ』。
味わいしっかりのビールが常時約20種類楽しめます。
以前にメシ通でもご紹介したんですよ!(編集部註:2016年2月末で閉店しました)
外のテラスが暗渠好きにはたまらないロケーション、なのだそう。
高山さんの“暗渠つまみ”は、古地図アプリと地図。
これらを照らし合わせつつ、まちのかつての情景に思いを寄せて、酒を飲む。
ここはかつてどんな川だったんだろう。
川辺に住む人々はどんな暮らしをしていたのか。 そして、その面影を残すものは?
変わらないのは空ばかり。
さて、街歩きも再スタート!
さらに宇田川遊歩道を「上流」へ。
こういう「車止め」があるところは、暗渠の可能性が高いんです。暗渠とは簡単にいって「川にふたをした状態」であるわけで、重量のある車両が乗り入れないようにしているんですね。車止めがある=暗渠じゃないですが、かなり暗渠指数の高いものです。(高山さん)
繰りかえしますが、暗渠というのは、もともと川。
フタや覆いができる規模なのだから、支流の小川だったり、
もともとは「どぶ」であったものも多いんだろうなあ。
だから暗渠にそって建てられているものは、暗渠を背にしていること多いんです。これらのマンションもそうですね。このすべてから背を向けられている感じ、好きなんですよ。暗渠独特の、たまらない寂寥感がある(高山さん)
暗渠もいろいろで、もともと本流だったものは現在、遊歩道や車道になっていたりします。細い支流だったところは現在でもわびしい空気が漂っていたり。そういうところは家々が暗渠に対して背を向けていることが多いですね(吉村さん)
ふたりは宇田川町から富ヶ谷方面に歩き、代々木八幡を抜け、山手通りへ。
ここまで渋谷から富ヶ谷、2つの谷を歩いてきました。谷があるということは、川がある、ということだと考えています。谷のつく町名には、かつて川があったんだろうな、と。そして今はその姿がない=暗渠があるんだろう、って思うんですよ(高山さん)
土地の名称から水の在りようを思い、そして実際に、歩いてみる。
現地を歩いて、川を思わせるカーブの残る道、車止めのある小路などを見つけては、
過去の地図や資料類と照らし合わせる。
そうした行程を経て、以前は川だったことをつきとめたときは、
なんともいえない達成感と喜びがあるのだそう。
ちなみに、おふたりは2009年頃からこの活動を続けているのだとか。
『ブラタモリ(NHK)』などまち歩きが注目されて久しいけれど、
過去と現在がつながっていることを確証する瞬間ってのは、
独特の興奮があるもの。
今を生きているというひとつの「点」から、
何か脈々とした「線」につながったような、あの独特の瞬間……。
そんなことをつらつら考えていたら、
タクシー営業所やバスターミナルは典型的な“暗渠サイン”
「初台川へようこそー」
高山さんは橋に腰かけていました。
川が現役だったら、水面にダイブする方向です。
カミナリじいさんがいたら怒られるなあ。
いやしかし、こんなにハッキリと橋が残っているものなんですねえ!
「でも、ここがかつて川だったことを知らなければ、何も気づかず通り過ぎてしまうでしょうね」(髙山さん)
ああ……確かに。まったくもってスルーしてしまうか、
よくて「高さのハンパな手すりだな」ぐらいにしか思わないかも。
暗渠を歩くことって、私の場合は川跡特有のものの『外形を味わう』ことに魅力を感じたことから始まりました。この手すりもそうですけど、哀愁漂う古いもの、川の名残の構造物は本当に味わい深いと思います。(吉村さん)
役目を終えたものがポツンと残る。これも「暗渠らしさ」なのだな。
しばらく進むと、タクシー営業所が。
これも、暗渠サインのひとつです。タクシーの営業所やバスターミナルって、暗渠のそばに多いんですよ。ある程度の広さが必要な施設って、湿り気の多い川流域では確保しやすかったんじゃないでしょうか。
暗渠サインは他にもいろいろあります。「大量の排水が必要となる商売」が暗渠のそばに多くて、銭湯、釣り堀、金魚店、クリーニング店、豆腐店、氷室、印刷所などが代表的なものでしょうか。(髙山さん)
これらのご商売が近所にあるかた、ひょっとしたらあなたのそばに暗渠があるかも?
さらに初台川暗渠をのぼっていくと、なんと湧き水が!
わかります?
写真だと単なる水たまりに見えてしまうなあ…。
実際はちろちろと微量ながら、確かに水が湧いていました。
ずっと暗渠を歩いていてふと水面に出会う。これ、ちょっとした歓喜ですよ。
ただ、これが本当の湧き水なのかは分かりません。ある方は「老朽化した水道管からの漏れ水が湧き水となって地表に出ているのではないか」とも考えているようです。(高山さん)
なるほど。
歩いてたどれる初台川暗渠は、湧き水のところで、おしまい。
その先は雑草生えの防止か、黒いビニールに覆われていました。
でもそれがあたかも闇夜の川のように思えて、
かつて開渠(※暗渠の反対語)だった時代が、ちょっとしのばれるようでもあり。
暗渠近くにはクリーニング店、呉服店、銭湯なども
さて、今度は代々木上原に移動。
正面奥にスーパーの丸正が見えますが、この裏道もかつて川だったとは……!
知らないまま川の上、何度も通ってたな。
暗渠サインのひとつ、車止めも発見。
そして「暗渠サイドには裏口が」というセオリーはここでも立証。
さらに暗渠サインのひとつ、クリーニング店、そして呉服店も近くに発見!
(きものは染めや洗い張りなど水が大量に必要な商売)
さらには銭湯も。
こちらの銭湯、代々木上原の名物スポットのひとつ。
芸能人のサインがたくさん飾ってありますよ。
昭和の大物歌手やボクシングのチャンピオンのヴィンテージ・サインも。
このあたりのかつての地図を調べると、たくさんの橋があったことがわかります。
暗渠飲みの絶好スポット、渋谷・神山町「おいちゃん」
さて、一行は渋谷へ戻ってきました。
神山町は宇田川遊歩道沿いにある『おいちゃん』で暗渠飲みですよ!
何気なく通り過ぎがちなこの宇田川遊歩道、実はけっこういいお店が多いのです。
この看板が目印!
髙山さん、かつての宇田川の流れに思いを馳せていますね……。
道が川面に思えてきました。
こちら、ご主人特製の焼き鳥とおでんが名物!
串もの、おでんはすべて1品200円均一です。
個人的なおすすめがこのマッシュルーム串!
うまみたっぷりで、なんともいいアテなんですわ。
ポテサラがうまい店は何を頼んでもはずれません。
酒飲みセオリーここにあり。
さて髙山さん、宇田川暗渠を眺めつつのいまのお気持ち、いかがですか?
お酒も暗渠も大好きなので、格別です。お酒を飲んだり酔っぱらうことは、まあ非日常体験だったりしますよね。私はお酒のそういうところも好きなんです。朝呑みで味わえる『いつもと違う午前中』とか、近所の公園呑みで感じる『見違えるような居心地のよさ』とか、いろんな呑み方で、世界が無限に広がっていく…。
暗渠も似ています。きょう白央さんが感じられたように、暗渠を知ることで見慣れた日常が違って見えますでしょう。お酒も暗渠も、トランス装置のようなものなんでしょうね。今はそのトランス装置がダブルで稼動している、という恐ろしい状況であると…。とても贅沢な時間です。
吉村さんは、いかがでしょう?
暗渠化以前の川は、時代によりさまざまな表情を見せていて、汚いどぶ川のときもあるけれど、清流に魚が泳いでいた時代もあります。そんな川面や生物たちを幻視しながら飲む、というのはたまりませんね。ここはさながら川床、でしょうか・・・暗渠沿いにあるというだけで、街の『飲み屋さん』はたちまち『暗渠飲み屋さん』となり、とても特別なものに思えてきます。
暗渠さんぽ自体、宝探しのような愉しみがあるのですが、暗渠飲み屋さん探しもまた同様で、ぽつぽつとお店が建っている宇田川には、宝が詰まっているように思いました。この『おいちゃん』のテラス席は特等席ですね。いやぁ・・・ここのおでん、ほんとうにおいしい!
暗渠さんぽ、そして暗渠飲み、いかがでしたか?
東京はこの他にも、いたるところにたくさんの暗渠があるのだそう。
ある暗渠好きのかたが以前、SNSに書かれていた言葉が印象的でした。
「雨が降っていまは道路になっている暗渠が濡れると、川だった時代の姿がよみがえるようで、思わず足をとめて見入ってしまう」という言葉。
平凡な道々をそんなふうに見られるって、すごい。
土地開発が起こるのは仕方ない部分もあるけれど、
せめて町名・地名は残してほしい……そんなことを思った、
東京暗渠めぐりでありました!
お店情報
おいちゃん
住所:東京都渋谷区神山町10-14
電話番号:03-6804-8609
営業時間:18:00〜深夜
定休日:不定休
ウェブサイト:https://www.facebook.com/kushimotsuoichan
書いた人:
白央篤司(はくおうあつし)
フードライター。『おとなの週末』『栄養と料理』オムロンのカルチャーサイト『リズム』などでコラムを連載。居酒屋・お雑煮研究・郷土料理がメインテーマ。初の著書「にっぽんのおにぎり」(理論社)がただいま5刷目で発売中! facebook:atsushi.hakuo ブログ:独酌日記
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