体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

やさしい夜を迎えるために ~ヒュプノセラピー体験談~

2

中学校の頃だろうか。テレビ番組でヒュプノセラピーの様子を見たことがあった。
外国の映像で金髪の成人男性が台の上で横たわって施術を受ける。
すると彼は苦しみ出す。幼い頃に味わった寂しさを吐露しはじめるというもの。
それが催眠療法というものだという事をそのとき知った。
そして大人になったら受けてみたいと強く思った。
当時から自分は将来的にそれを受ける必要があることを感じていたからだ。
セラピストやカウンセラーというと海外では一般的な職業だが日本ではまだまだポピュラーではない。
しかし縁があって数年前、催眠療法を受けたことがある。

実際にヒュプノセラピーを受けたことがあるという人は少ない。
自分が受けたがっていたこともほとんど忘れていたが、ある勤務先で実際のヒュプノセラピーのカウンセラーに出会ったのだ。
今考えると彼女はすでに副業の客となるクライアント(セラピストは客のことをそう呼ぶ)を求めて私に目をつけたのではないか、という気もする。
それでも当時の私にはそれが必要だった。
祖父母が他界したばかりで親戚関係や税金のことで親族が揉めていた時期だ。
私の住居は現在両親と世帯がわかれているが、もう一度同居しなければならないかもしれない、と聞かされたときにあるトラウマがよみがえった。

私は彼女の話を聞くことにした。
詳しい話はざっくりと要約するとこのようなものだ。
人間には本能があるが、それは人間であらわすと二歳ほどの知性しかもたない。
理想があっても思ったとおりに行動できないのはそのためだ。
人間の脳は悪い想像を現実のものとしてとらえてしまう。
トラウマがあるならそれを解消するために現在の自分がそこへ行っていい方向にもっていくイメージを作る。
その手伝いをするのが催眠療法だという。

彼女と話しているだけでも私は何か大きく癒される安心を覚えていた。
その手順を聞いてある夜中に試してみることにした。
家の中で恐怖した思い出を思い出しながら、そこに今の自分が入っていくイメージをもちながら深呼吸する。
そのときは別の回想をしたのだが、これがきっかけで次々私はトラウマを心理的に克服した。
例えば、幼い頃に恐らくはストレスからある悪夢をみたことがある。
当時住んでいた四畳半と六畳二間のアパートの、四畳半の部屋の畳を父が全部引き剥がして、その床下の土をものすごい形相でぶつぶついいながら掘っているという夢だ。
その土は私と母、兄を殺して生めるために掘っているのである。
そうして母と兄と私は逃げ出しもせずにぶるぶる震えているのだ。
なぜなら母が『耐える』選択しかできない人だったので、逃げるという事をしないために彼女は私たちをぎゅっと抱きしめて震えているだけなのだ。ある意味では心中の連れあいを逃すまいとしているようなものだった。恐怖しているように見えて、母の腹の底にも赫怒があるのを私は感じていた。彼らはどこか共謀者だった。
これは夢の話だが、この夢がリアリティあるものとして根付くような環境で私は育った。
まだ幼稚園を出るか小学校にあがったか、それくらいの頃だ。
セラピストの話によれは、つまりは私のこの悪夢を脳は現実として覚えていたに相違ない。
この悪夢を解除するには、今の現実の私がそこに入っていくしかない。
そして問題を片付けていくのだ。
例えば土を掘るのをやめさせて、全員を外に連れ出す。
実は外には雪が降っていて、父はかまくらを掘っているだけだったというふうにイメージを換えた。
父は笑顔だ。そして四人でかまくらに入り火鉢を囲んであたたまる。
そういうイメージに換えてみることで、恐怖心が失せていく。
悪夢を見たという事実は変わらない。
けれどそうして悪い夢や現実のトラウマを書き換え、上書き保存することが催眠療法の一歩であるらしい。
初めて想起した夜は、このイメージを書き換えたわけではなかったが、私はどっと泣いていた。
ただイメージを書き換えることがこんなに大事だったとは。

私はセラピストを信用することにした。
そして非常に破格な代金で施術をしてもらった。
場所は大久保のレンタルルームだ。部屋代の4千円だけでいいという。
今考えたらこれは本当に破格の値で実際にヒュプノセラピーを受けるとすれば何万円からというのが適正なのだ。
これほど大切な約束なのに待ち合わせに遅れてしまい、謝る。
しかし彼女は遅れるのにも理由があり、それを見込んで予約しているから大丈夫と言った。
建物につき、部屋に入る。
簡素なテーブルと椅子に着座して向き合った。
解消したいあるトラウマを語るとセラピストは涙を流して共感してくれた。
今考えれば、それはもしかしたら職業上のものかもしれなかった。
けれど、話を聞いてもらえて、ほしかった反応が得られる、それだけでも私は嬉しかった。実際相手が例えば親友でも家族でも、深刻な悩みを打ち明けてそれに対処できる人というのは少ないのだ。深刻な心理的な悩みは相談相手を間違えるとかえって不幸を招くのは、誰でも知っているだろう。悩みを打ち明けても、戻ってくるのが反応がどういうものか。普通の人だとまずはわかるということを言い、それから自分や身のまわりの人を引き合いに出すだろう。あるいはアドバイスをするかもしれない。だが、場合によっては軽蔑したり、反感を示されたり、ということだってあるのだ。
相手の話に耳を傾けて共感を示す、話を要約して、こういうこと? と確認して、やさしい言葉をかける。あたりまえのようなこの一連の動作を行うには実は訓練が必要だ。
実際、専門家には相談する価値があるように思う。
なにぶん幼い頃の体験で、それを話すには同年代の友達は幼すぎたし、教員や親戚といった大人に話せるはずがない。
大人に話せば必ず親に伝えられる。親と同様に信用できないのだ。
少なくとも今のように虐待やいじめが明るみに出るような時代ではなかった。
私自身の体験は虐待には至っていない。
ただ、恐ろしく怖い体験であった。
そして、今の年齢であればどうか、といわれればそれは確かに乗り越えられる糸口はあるように思われる。そんな発想すらもてなかったのだが。
とにかく、私は生まれて初めてそのトラウマを他者に明かした。
それから指示された通りにテレビで見たような寝台に私は横たわった。

1 2次のページ
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。