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秦 基博『青の光景』は音像がシャープになったことで音楽性も明確に【ハイレゾ聴き比べ vol.2】

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この特集企画の第一回である前回では、声優としても活躍する女性シンガー、内田彩の音源を取り上げた。ヴォイス・アクトレスならではの歌声がハイレゾ化でよりクリアーになり、さらに表情豊かになることが確認できたが、では、男性ヴォーカルではどうだろうか? 事前に用意された推薦音源リストを見渡すと、秦基博の名前がある。正直言ってこれまで彼の音源をしっかりと聴いたことはなかったが、むしろ予断を持たずに済むし、熱心なリスナーではないにしろ、彼がアコースティックギターを持って歌う姿を想像できるくらいの知識はある。アコギの音色がハイレゾ音源ではどのように再現されるのかも興味深い。そんなわけで、今回は2015年12月にリリースされた秦基博の5thアルバム『青の光景』のハイレゾ音源を既存のMP3音源と聴き比べてみたいと思う。

デビュー10周年のシンガーソングライター
2016年11月にシングル「シンクロ」でメジャーデビューということは、秦基博は今年メジャーデビュー10周年になる。その年の3月にオフィスオーガスタと契約し、7月に同事務所所属のアーティストたちによる音楽フェス『Augusta Camp 2006』にオープニングアクトとして出演。また、デビューシングル「シンクロ」はFM43局でパワープレイを獲得したというから、彼が如何に早くから期待されていたかが分かる。以後、ここまでの活躍を考えれば、それも言わずもがなであり、今や音楽シーンに欠かすことができないシンガーソングライターである。代表曲と言える「アイ」や「ひまわりの約束」は、筆者のような過去の音源をしっかりと聴いていない“ハタ弱者”でも聴き覚えがある名曲。シルキーな歌声とやわらかなアコギの音色もさることながら、とにかくメロディーが絶品である。汎用性も高く、老若男女、聴く人を選ばない印象だ。

そんな秦基博の5thアルバム『青の光景』。昨年末発売ということは現時点での彼の最新作である。まず、このアルバムの全体像を抑えておこう。「ダイアローグ・モノローグ」「ひまわりの約束」「水彩の月」「Q & A」のシングル4曲を含む全13曲収録。CMソングに起用された「デイドリーマー」「聖なる夜の贈り物」「Sally」、テレビ番組のテーマ曲「ROUTES」もあり、ベスト盤的な容姿ではあるので、“ハタ弱者”にも馴染みやすい作品と言えるであろう。当たり前のことだが、ヴォーカルは前面に出ている。とは言え、サウンドは多彩。R&R「あそぶおとな」、ファンクチューン「Fast Life」といったバンドサンサンブルを強調したもの、あるいは「ディープブルー」で聴かせるサイケデリックサウンドと、決してアコギ基調の弾き語り一辺倒のアーティストではないことが分かる。セルフプロデュース作というから、己の音楽性を打ち出すことに長けている人でもあるのだろう。

ハイレゾとは直接関係がないが、『青の光景』収録曲の歌詞にも触れておきたい。このアルバムは《お願いだ 今だけは せめて 嘘をつかないでくれ》《お願いだ この時ばかりは 演技をしないでくれ》という「嘘」から幕を開けるのだから、秦基博という人がものすごく実直であることは想像できる。以下、《ひまわりのような まっすぐなその優しさを 温もりを 全部/これからは僕も 届けていきたい ここにある幸せに 気づいたから》(「ひまわりの約束」)や《ただそこにある それだけでいい/君が教えてくれた美しさ/生きてくことに意味があるなら/ただ ひたむきであれたら》(「水彩の月」)、あるいは《夢見ることより 今は ただ 夢中で日々にぶつかるのさ/付き纏う失望に 心 へし折られても》(「ROUTES」)と、現実的な面を見せる。また、その一方で、《あがいて あがいて 問われているのは その本性/どんな事実を 自分を 突きつけられても》(「Q & A」)や《両耳を塞いで この世界を遮ぎったって/内なる君の鼓動は 聴こえてくるだろう》(「ディープブルー」)、《新しい友達や風に出会うためだけじゃなくて/ここで生きていくことを 確かめるために 旅に出るの》(「Sally」)と実存主義的な内容もあり、いずれにせよ、リアリティーを追及するタイプのアーティストであることは間違いない。

音が明瞭になり、サウンド全体が深化
さて、ここからが本題。『青の光景』のハイレゾ音源の聴き応えについて記そう。まず、歌。全体的にアタック音が強めに感じられる。この方の声は基本的には甘く透明感があるものの、高音のある音域で若干ハスキーになることがあり、どことなく少年性を帯びた感じになるのだが(「ひまわりの約束」のBメロ~サビ、「美しい穢れ」のサビ、「Q & A」のAメロ他、多数)、そこがよりはっきりと感じとれるところも実にいい。コーラスワークもしっかりと聴きとれる。具体的には「嘘」のBメロ~サビ、「ROUTES」の全編、「ディープブルー」や「ダイアローグ・モノローグ」のサビ辺りだろうか。MP3ではリバーブが深めで、それが残響音なのかコーラスなのか区別しづらい箇所もなくはないが、ハイレゾでは声が重なっている様子がよく分かる。また、どの楽曲と言わず、バックがアコギやピアノのみの箇所では、ヴォーカルのクリアー具合が顕著に出ていると思う。とりわけ、強烈に思えるのは「美しい穢れ」だろう。耳朶を打つという感じではなく、声が頭の中で語りかけてくるかのような生々しさがある。

バックのサウンドに関しては、さすがに…と言うべきか、どの楽曲でも粒の立った音が、しっかりとしたポジションで鳴っているのが分かる。MP3音源が悪いとか聴きづらいということではなく、ハイレゾ音源は音の輪郭がはっきりとした印象だ。聴き比べやすのは、やはり前述したバンドサウンドものである「あそぶおとな」「Fast Life」と、音数が多いものの各音が適度に距離を置いている「ディープブルー」であろうか。ポップなR&R「あそぶおとな」は左にアコギ、右にエレキが鳴っていることが明確に分かるし、サビに浮遊感あるエレピとシンセが重なっていることも判別可能だ。スネアの抜けがいいばかりか、ハイハット特有の金属音がしっかりと8ビートを刻んでいるのも聴きとれる。パーカッションから入る「Fast Life」はMP3でも十分に生っぽく、ファンクならではのノリが心地良いが、ハイレゾは各楽器が独立して鳴っており、それが折り重なってグルーブを生んでいることが確認できる。オルガンとピアノ、アコギが、それぞれが独立しながら並走している様子もわかり、スリリングさが助長されているようだ。何よりもこの楽曲はコンガ(あるいはボンゴか)を手で叩いている感じが伝わってくるところが素晴らしいと思う。

各楽器の残響音の重なりをも意識してアレンジされたと思われる「ディープブルー」。こういうタイプはそもそもハイレゾ音源向きかもしれない。2番以降に入ってくるさまざまな電子音やノイズが、音数が多い分、それらが逆回転音やエレキギター、リズム隊の音圧に隠れるきらいがあるが、ハイレゾではそれぞれがしっかりと自己主張している(間奏やアウトロが聴きとりやすいと思う)。秦基博を“己の音楽性を打ち出すことに長けている人でもある”と前述したが、この楽曲はその彼の音楽家として資質、才能を垣間見ることができるとも思う。また、サウンド面でもっとも強調しておかなければならないのはアコースティックギターの響きであろう。音像がシャープになっていることで、アコギは6本の弦で成り立っており、それを(ピックを持っていることがあるにせよ)手で鳴らす楽器であることを改めて我々に示しているかのようだ。これは、「ひまわりの約束」「美しい穢れ」といったアコギ中心の楽曲のみならず、前述したバンドサウンドものでも確認可能。スチール弦とナイロン弦の違いも分かる。秦基博は決してアコギだけにこだわっているアーティストではないものの、とは言え、ギターでの弾き語りはもともとの彼のスタイルだけに、そこへの思い入れは強いことも想像できる。かように、音像が明瞭になることで作者の意図を汲み取ることができ、そのアーティスト性がさらに明解になることをつくづく思わせてくれたハイレゾ音源である。秦基博の楽曲になぞらえれば、《さっきまでいた地点からじゃ 気付けなかった》(「ROUTES」)ことを教えてくれる優れものだ。

TEXT:帆苅智之

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