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数学・物理学・天文学研究者が挑む「すばる望遠鏡」プロジェクトが求めるプログラマとは──

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##「すみれ計画」──宇宙の誕生と膨張の歴史を解き明かす

東京大学国際高等研究所に属する「カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)」は、数学、実験・理論物理学、天文学など複数分野の研究者が、宇宙の根源的な謎に挑む国際的な研究機関だ。

▲2011年日本建築学会賞を受賞した「螺旋運動するアカデミア」と呼ばれる斬新なデザインの研究棟

2007年、文科省の世界トップレベル研究拠点プログラム (WPI) の一つとして発足、2012年から基礎科学研究を支援するカブリ財団から寄附を受けるようになり、冠名称がつけられた。

Kavli IPMUが取り組む「宇宙への根源的な疑問に答える」ための研究プロジェクトの一つに「SuMIRe(Subaru Measurement of Images and Redshifts;すみれ)計画」がある。

国立天文台がハワイ・マウナケア山頂で運用する大型光学赤外線望遠鏡「すばる」に、超広視野カメラ「Hyper Suprime Cam(HSC)」や超広視野分光器「Prime Focus Spectrograph(PFS)」を取り付け、その観測を通して、宇宙誕生と宇宙膨張の歴史を解明しようというものだ。

HSCは、独自に開発した116 個のCCD素子を配置し、計8億7000万画素を持つ巨大なデジタルカメラ。満月9個分の広さの天域を一度に撮影できる。すでに2014年から科学運用が始まっており、アンドロメダ銀河M31の全貌を収めた鮮明な写真などが公開されている。

もう一つのPFSもすばる望遠鏡の超広視野を活かしている点ではHSCと同様だが、その視野内に写った多くの星や銀河の写真を撮るかわりに「スペクトル」を同時に取得する分光器だ。

「宇宙からはたくさんの波長の光が届きます。どの波長の光がどのぐらい強いのかという分光データを詳しく調べると、天体との精密な距離やその運動、さらに生まれ変わりのプロセスが辿れるようになります。宇宙をより立体的に、かつ時間の推移を加えることでよりダイナミックに理解することができるようになるのです」
と語るのは、SuMIRe-PFSプロジェクトオフィスのプロジェクトマネージャー・田村直之氏だ。

東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 特任教授 田村 直之氏
SuMIRe-PFSプロジェクトオフィス プロジェクトマネージャー(システムエンジニア兼任)

田村氏は、最終的には宇宙に存在するといわれる、ダーク・マターやダーク・エネルギーの正体を解明し、宇宙の起源と未来を解き明かすことにつながるはずだと言う。

PFSは最大2400本の光ファイバーで受けた光を同時に分光できるように設計されている。かつては分光観測は天体一つ一つずつを観測していたため膨大な時間がかかった。PFSのような多数同時分光で観測効率は一挙に向上する。

これを実現するためには、それぞれの天体に向けてファイバーを1.5分以内に5ミクロンの精度で移動するファイバーポジショナーというロボットが不可欠だ。

また、近紫外線から近赤外線までカバーし、近くから大きな赤方偏移を持つ遠くの銀河までを同時に測定できるようにする4台の精密分光器、さらにマイクロレンズ・光学ファイバー・ファイバーポジショナ―からなる主焦点装置、そしてシステム制御とデータ処理のソフトウェアが必要になる。

プロジェクトには、米NASAジェット推進研究所や、仏マルセイユ宇宙物理研究所など世界7ヶ国12つ研究機関・大学が参加し、分担して設計、製作を進めている。

Kavli IPMUを中心としたプロジェクトオフィスが担当するのは全体の統括。各研究機関・大学が分担して開発したものを統合し、性能を最大限発揮するためのシステムにまとめあげる。

現在はPFSの設計がほぼ完了し、一部は製作がスタートした段階。2019年にはすばる望遠鏡における科学運用が始まる予定だ。

アプリケーションエンジニアリングの経験が活かされる

超広視野分光器PFSの観測を成功させるためには、主焦点装置や分光器などのハードウェアはもちろん、ソフトウェアの力が欠かせない。

観測装置制御や分光データ解析が肝になるが、それぞれの機関が開発した各部分を統合して望遠鏡につなげる制御系ソフトウェアの開発は日本チームの担当だ。

「現時点のKavli IPMUでこの制御ソフトウェアを書いているのは私ですが、これからのプロジェクトの規模・進捗を考えると、とうてい一人では足りない。私と一緒に実際にプログラムを書き、他国の開発との協調、あるいは、すばる望遠鏡を製作した三菱電機など企業とのやりとりが仕事になります」

そう語るのは、同プロジェクトの特任研究員、下農淳司氏だ。Kavli IPMUがいま求めるソフトウェアエンジニアは、入所後に下農氏と共に作業をすることになる。

東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員 下農淳司氏

「他国で開発された装置を合わせて、全体を統合的に運用する上で欠かせない制御プログラムの開発を進めています。望遠鏡との制御データや分光器からの画像データなど 天文観測に関わる独自のアルゴリズムや、ハードウェアを直接叩く狭義の意味での組込み系技術を理解することが必要な場面もなくはありません。

しかし、どちらかといえば、一つの機械だけを動かすというより、複数の装置を動かすソフトウェアが重要。複数のサブシステムを統合し、最終的に望遠鏡に載せて、全体を動かすというイメージですね。いかにソフトウェア技術を通して、PFSで効率よくよいデータを取れるようにしていくかが私たちの課題です」

天体望遠鏡やそこに搭載される光学機器を制御するプログラムを実際に書いた経験のあるエンジニアは、世界でも少数だろう。従って、求めるのはそのままの実務経験ではない。

むしろ対象はなんであれ、「アルゴリズムを適用してソフトウェアを開発したり、アプリケーションエンジニアリング的に大きなアプリケーションの統合検証などをした経験」だという。

「ハードウェア制御といっても、電子基板設計まで求めているわけではありません。最近流行りのIoT勉強会レベルのハードウェア知識で十分です。それよりも、プロジェクト全体がPythonメインで動いているため、PythonとC、C++は必須」

さらに、観測設定データにアクセスするためにデータベースの知識も必要になるという。

「将来的には装置制御のUIはブラウザ上でできればよいと思っています。もし、Webアプリを書いた経験があれば、それはありがたいですね」と下農氏は、エンジニアに求める要件を話す。

【Python/C++】ハワイ・マウナケア山頂の「すばる望遠鏡」に携わるエンジニア募集
【GitHub】Subaru PFS Project

ノーベル賞受賞者を育んだ町で、科学のフロンティアを推し進める

ソフトウェアエンジニアが観測システムの制御というかたちで、宇宙研究に参画する。応募にあたってむしろ重要なのは、そこに夢やロマンを感じられるかどうかだろう。

「私自身、高校生のときに宇宙に興味を持ちました。望遠鏡で宇宙を覗けば、やはりロマンがあるじゃないですか。ただ、望遠鏡はたんなる光のバケツにすぎない。そこにカメラなどさまざまな装置をつけることで、新たな知見が得られる。

科学理論を検証し、そのフロンティアを推し進めるためにも、新しい装置をつくって観測しないと何も始まらない。そこにソフトウェア開発者として関われるのは面白いですよ」と下農氏は、今の仕事のモチベーションを語る。

Kavli IPMU最寄りのつくばエクスプレス「柏の葉キャンパス駅」に降り立てば、2015年のノーベル物理学賞受賞者・梶田隆章氏を顕彰するのぼりが林立する。

梶田氏はKavli IPMUの主任研究員の一人であり、彼が所長を務める東京大学宇宙線研究所は、Kavli IPMUのすぐ隣にある。ノーベル賞クラスの研究者に出会える環境というのは、そうざらにはない。

国際的な研究所ならではの雰囲気も、エキサイティングだ。Kavli IPMUには、海外出身の研究者も多数在籍している。さらに、海外からKavli IPMUを訪れる研究者も多いが、Kavli IPMU の研究者が海外にでかける機会も多い。

「月に1回は海外出張。他にも海外の研究者との電話会議が、週に少なくとも2回はあります。討論やメールは全部英語。これが苦にならなければ、さまざまな国のさまざまな分野の研究者と直接話せるわけですから、知的好奇心を常に刺激されてやまない環境があります」(下農氏)

天文学の俊英たちと共にデスクを囲む醍醐味

現在、IPMUのSuMIRe-PFSプロジェクトオフィスのメンバーは、5人。それぞれ京都大学や国立天文台などで望遠鏡、観測装置開発に関わってきた経歴の持ち主たちだ。

すばる望遠鏡にすでに搭載されている共同利用観測装置にFMOS(ファイバー多天体分光器)がある。PFSと同じ多天体分光装置で、2台の分光器の1基や主焦点ユニットは京都大学のチームが開発した。田村氏は京都大大学院時代に開発メンバーの一員となり、のちにハワイ観測所の研究員として装置の立ち上げ、運用まで深く携わった。

今回、PFSプロジェクトを進めるにあたって、助っ人として呼んだのが大学院の後輩にあたりFMOSの立ち上げにも関わった矢部清人氏と森谷友由希氏だ。

矢部氏が「FMOSでやろうとしてできなかったことをPFSで実現したい」と意気込めば、森谷氏は「巨大な装置が組み上がっていくプロセスにかかわれる仕事」に醍醐味を感じている。

今回の取材には、Kavli IPMU教授の安田直樹氏にも同席してもらった。安田氏は前出のHSCプロジェクトに参加し、データ解析ソフトウェアの開発チームを率いた経験がある。そこでの経験を今度はPFSに活かそうというのだ。

こうした天文学の俊英らと一緒に仕事ができるのも、このプロジェクトの魅力の一つといえよう。

▲左から、田村氏・下農氏・安田直樹氏・森谷友由希氏・矢部清人氏

ちなみにプロジェクトは国立天文台とは密接な連携がある。PFS完成の暁にはこれをすばる望遠鏡に設置し、メンバーの何人かはハワイに移動、すばる望遠鏡での運用に参加することになるだろう。

「すばる望遠鏡ができてから15年以上になります。これまで日本の掃天観測(サーベイ天文学)は世界に遅れを取っていましたが、これがいまHSC, PFS で急速な発展を遂げようとしています。特にSuMIRe計画は日本発信のプロジェクトであり、日本がこの分野で世界のリーダーシップをとれるかどうかの重要な鍵を握るもの。ぜひソフトウェアエンジニアの力を借りて、プロジェクトを成功させたい」
そう田村氏は、ソフトウェアエンジニアに向けて宇宙研究への誘いを語るのだった。

(執筆:広重隆樹 撮影:刑部友康)

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