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“犬将軍” 徳川綱吉の身長124センチしかなかったってホント? 

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 聖徳太子、空海、藤原道長、源頼朝、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、勝海舟、西郷隆盛……といった、日本史上にあらわれた偉人たち。その偉業の数々は広く知られるところですが、それぞれの身長や体重がどの程度だったか、想像がつかないのではないでしょうか。

 医師・歴史小説家である篠田達明さんは『日本史有名人の身体測定』において、遺体の計測、古文書の記述、肖像画、人相書、本人の縁故者の証言など、肖像写真(幕末・明治以降)、本人の遺品、身体計測の記録、外務省発行のパスポートなどを手がかりとし、古代から昭和にいたるまでの偉人たち132名もの身長・体重を分析。寿命や持病、死因なども含め、身体計測を試みています。

 歴史に名を残した偉人たちの身体、健康状態。本書で紹介される132名のなかから、ここでは徳川歴代将軍たちのうち、初代から十代目までのそれらを少し見てみましょう。

 まず、江戸幕府初代将軍の徳川家康は、身長159センチ、体重70キロ、体形は肩幅が広くずんぐりむっくりの肥満体。ちなみに当時の男性の平均身長は157センチだったそうです。

 二代将軍、徳川秀忠は身長158センチで、髭と胸毛の濃い男性的な体格。三代将軍の家光は157センチの中肉中背。持病として、頭重・頭痛、高血圧、うつ病を患っていたそう。

 四代の家綱は158センチ、乳児期の脳症による心身発達障害が持病。そして、生類憐みの令を発令したことでも知られる五代将軍、徳川綱吉は身長124センチ。いわゆる低身長症であったといいます。綱吉の死因は、餅が喉に詰まったことによる窒息死。

 六代将軍の家宣は身長160センチの健康体でしたが、その死因はインフルエンザ。幕府の鎖国政策によって、インフルエンザは1614年の流行を境に100年近く止んでいましたが、外国船が姿をみせはじめた1712年に江戸で再び大流行。この際の流行によって、家宣は命を落としたのだそうです。
 ちなみに、江戸期に起こったインフルエンザの流行は27回。当時の医師はインフルエンザを”時気感冒””天行感冒”などと称し、庶民は”お七風””琉球風””アメリカ風”などと呼んで恐れていたそう。

 父である家宣が急逝したため、4歳で将軍の座についた七代将軍家継は、生来虚弱体質。急性肺炎による呼吸不全によって、8歳で命を落としました。

 続く八代将軍吉宗は155.5センチの肥満体。持病として、本態性高血圧、前立腺肥大、右片麻痺があったといいます。九代将軍の家重は、身長156.3センチ。生まれつきアテトーゼ型脳性まひ(不随意運動タイプ)があり手足が不自由、両目に内斜視があり、たえず首をふっていたとのこと。また強く歯ぎしりするため、上下の奥歯に著しい摩耗がみられたそうです。死因は、尿路感染による尿毒症。

 十代将軍家治は、153.5センチ、死因は脚気衝心。江戸初期には将軍から庶民まで玄米を主食としていましたが、中期になると富裕な商人たちは白米を食べるように。その結果、ビタミンB1の欠乏による脚気患者が多発したのだといいます。

 偉人たちの身長・体重や持病といった健康状態、そして死因は何だったのか。思わぬ発見が多々あるはずです。

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