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橋爪功 主役の大変さは、やってみると分かる

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 文学座で役者を始めた橋爪功は、今も演劇集団「円」の代表として劇団に所属している。文学座から演劇集団「円」へと行動を共にした師匠、俳優で演出家の芥川比呂志氏との思い出を語った橋爪の言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。

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 橋爪功は青山高校在籍中に演劇に目覚め、1961年に文学座研究所に入所。翌年に文学座に入団して役者の道を歩み出す。

「高校時代の多感な頃に芝居と出会って、『この道だ』と思ったんだ。フィクションの世界はなんでも伝わるんだ、と。高校の十年ぐらい先輩に小池朝雄さんがいて、学生時代、終戦の焼け跡で野外劇をやっていたっていうんですよ。男だけで『夏の夜の夢』を。そういう話を先生から聞いて触発されましたね。

 文学座を受けたのは、たまたま新聞を開いていたら十年ぶりに文学座が研究生を募集するという記事があってね。で、その近くには山崎努が黒澤明監督の『天国と地獄』に出たという記事があって。『そういえば山崎努も文学座だ。これは凄い』と思ったのがキッカケ。しかも当時は学力も雲散霧消していて、国立の大学に行くのは無理だったし金もないので私学にも行けない。それで、他にやることもないんで研究所を受けたんですよ。

 役者にどうしてもなりたいというのではなくて、なんでもいいから演劇に関わりたかった。文学座に入ってからも、それは変わりません。役者にはこだわってなくて、旅公演要員として大道具でも照明でもいいと思っていました。だから四十過ぎるまでちゃんと飯は食えなかった。でも、先輩の芝居を見ながら『俺にやらせた方がいいのに』とは思っていたけどね(笑い)」

 文学座では名優・芥川比呂志に師事、劇団の分裂後も行動を共にし、現在は芥川たちの作った劇団「円」の代表を務める。

「世の中に天才という人がいますが、芥川さんがまさにそうでした。翻訳劇の読書量も、蘊蓄の知識量も凄くて、演技指導してくれても知らないことばかり。芝居の面白さ、舞台の激しさを教えてくれました。舞台ではできないことは何もない、と。

 文学座が分裂する時は入院されていたのですが、『私はどうしてもついていきたい』と相談しました。芥川さんは『仲谷昇君に相談しなさい』と言ったんですが、僕は『もう決まってます。一生ついていきます』って。

 それを今も引きずってます。野田秀樹には『いまどき、劇団なんて古いですよ』と言われるんだけど、先輩たちがせっかく作ってきた劇団を俺の代で潰すわけにはいかないから。

 芥川さんはシェイクスピアの主役をやっては体を壊していましたが、共演した際に『なんで俺の所に主役が来るんだ。ヅメ、主役は大変だぞ』としみじみとおっしゃっていましたね。

 その大変さは、やってみると分かるんです。リーディングアクターなので、芝居の流れを一人で運んでいかなくてはならない。しかも、周りを引き立てながら作品を作っていく。その重みと緊張感は、『頼むから助けてくれ』と言いたくなります。

 台本を読む時、内容や役に感じることって初見の時の方が当たってるんですよ。でも、稽古に入ると自分の役に入ってしまって、最初の印象や理解と外れるということが往々にしてあるのね。主役はそれだとダメなので、最後の最後まで役者以外の目が残っている気がします」

撮影■藤岡雅樹

※週刊ポスト2016年3月18日号

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