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中南米旅行がもっと楽しくなる!インカ文明の歴史と特徴を1000文字でまとめてみた

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歴史を知れば、旅がもっと楽しくなる。というのも、訪れたその土地のバックグラウンドを知ることで、あなたの感情がより突き動かされるからです。

ただ、「歴史」と聞けば奥深く難解なイメージを持たれる人も多いことでしょう。

そこで今回は、かつて栄えたインカ文明の歴史とその特徴を誰にでもわかるようにまとめてみました。

 

インカ帝国のはじまりとおわり

Photo by pixta

1200年頃、ケチュア族の中のインカ部族が、クスコに小規模の都市国家を築きました。クスコは3,400mほどの標高にあり、その市街地は現在、世界遺産に登録されています。

8代までの200年ほどは、特に勢力を伸ばしていたわけではなく、第9代皇帝のパチャクテク皇帝が一気に征服を加速させました。

最盛期を迎えた15世紀のインカ帝国は、北はコロンビア南部から南はチリ南部まで、アンデス山脈の南北およそ4000キロにも及び、民族の数は80、人口は1600万人に達していました。

その後の1533年、スペイン人の征服者フランシスコ=ピサロによって、インカ帝国は滅びました。

 

 

インカ文明の4つの特徴

インカ帝国で栄えた文明は、アステカ文明、マヤ文明と対比して、「インカ文明」と呼ばれており、特徴として、アステカ文明の伝統を受け継いでいます。

ここでは、そんなインカ文明の主要な4点をご紹介します。

1. 高度な石造建築技術

ninaさん(@nina27jamco)が投稿した写真 – 2015 8月 14 6:21午前 PDT

インカ文明は石造建築の技術を駆使し、各地に大都市が建造されました。首都のクスコや、観光スポットとしても有名なマチュピチュがその代表例といえます。

 

Mitsuhide Keith Kishimotoさん(@powderhound1975)が投稿した写真 – 2015 3月 9 4:33午後 PDT

このように石が隙間なく噛み合っていることからは、非常に高い石材加工技術を持っていたことがわかります。

 

2. 高度な潅漑農業

photo by shutterstock

そもそも高山で都市が形成されていったのは、降雨量の少ない平野よりも、霧雨が降る高原地帯の方が農耕に適していたから。

海から吹く風が雲を作り、その雲が霧雨を降らせるため、海側の急な勾配に段々畑が作られました。

低地ではトマト、高地では寒冷地を好むジャガイモという風に、高低差を利用した多品種生産が行われていたのです。

 

3. インカ道路網

@aonuma55が投稿した写真 – 2015 12月 9 3:34午前 PST

インカ帝国中に張り巡らされていた道路網を全て合わせると、合計の距離が四万キロメートルに達するといわれています。

中枢となる主要道路から、さらに小さな道路が敷かれ、各地の都市や村を繋いでいました。
道路の途中には「タンボ」と呼ばれる宿泊所が設置されていて、そこでは人が休めるだけでなく、物資の保管場所としても機能していました。

また、「チャスキ」と呼ばれる飛脚も配置されていて、情報伝達の役目を果たしていたと考えられています。

 

4. キープと呼ばれる結び縄による数字表記

photo by lynn Dombrowski

インカ文明では文字は用いられておらず、記録はこのキープという方法で行われていました。

 

さいごに

いかがでしたでしょうか。

インカ文明の魅力に魅せられたあなたは、その足で訪れ、歴史を体感してみるのもいいでしょう。


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