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あの時、懐中電灯一つあれば…。3.11、不安を取り除いてあげられなくてごめんね

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娘が1歳になったばかりの2011年3月11日。

既にお昼寝もあまりしなくなってきて、何とか寝てほしいと思いながらうとうとしていた時です。

14時46分、ドーン!と大きな揺れが来たかと思うと、たちまち停電してしまいました。

まだ明るい時間だから良かったものの、石油ファンヒーターは切れて、あっという間に部屋は寒くなってしまい、2人で布団の中にくるまりました。

揺れはおさまることなく、30分以上揺れ続けました。

電話やメールも繋がったり繋がらなかったりで、携帯電話の充電もしていなかったので、あまり電話をするわけにはいかず、仕事に行っている夫が帰ってくるのをただひたすら待つしかありませんでした。

もちろんテレビは見られませんし、携帯ラジオも持っていなかったので、その場にいるのに情報が全く入ってこず、途方にくれました。

我が家は高台にあったので、あの大きな揺れに震えているうちに、下の方ではあんな津波が来ていたとは知りませんでした。

3月と言えど、「春のドカ雪」と呼ばれる大雪が降る地域です。

この日も雪がちらついていました。

まだまだ寒いし、日が落ちるのも早く、懐中電灯もなく、携帯電話の待ち受けの明かりで家を行き来しました。

娘はフォローアップミルクを飲んでいましたが、水道とガスは使えたので何とか飲ませてあげることはできました。

やがて夫が帰宅し、早く寝てしまおうと6時7時には布団に入りました。

しかし、娘が暗い所にいるのをとても嫌がり、カーテンを開けて少しでも明るくしようとしたのですが、外灯はついていないし、結局真っ暗です。

夫と話し合って、近所の集会所に身を寄せることにしました。

集会所は、自家発電でストーブもついていて、さっきまでの状態から天国のように感じました。

下の方にある小学校の子供達も避難してきていました。

何も持たずに行ったのですが、おむつパックを持参しているお母さんがいるのを見て、万が一を考えて夫におむつを取りに行ってもらいました。

周りから、○○地域で火事が起こっているらしいというのをラジオで聞いたという話が聞こえてきましたが、何が起こっているのか本当に理解できずにいました。

この頃には携帯電話は完全に繋がらなくなり、そこから2、3日程使えない状態が続いたわけです。

娘は見ず知らずの人がいっぱいいる所で落ち着きがありませんでしたが、部屋が暖かかったこともあって9時前には眠りにつきました。

寝てしまえば、朝までは起きないということもあり、自宅に戻り就寝して、その日が終わりました。

あの時は、娘を落ち着かせたいと必死でしたが、娘は娘で不安でいっぱいだったんですよね。

あれからちょっとしたガタっという音がしただけでも怖がり、隠れてしまうのがしばらく続きました。

東日本大震災を通じて、肝に銘じたことがあります。

それは「備えあれば憂いなし」です。

もし、石油ストーブを常備していたら、乾電池さえあれば、寒い思いをせずにすんだのではなかったでしょうか。

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