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大地震に動揺。抱っこ紐に娘、かばんにおむつ、ツイッターで情報収集しながら避難

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2011年3月11日、東日本大震災当時、私と1歳2か月の娘は東京の自宅7階建てマンションの5階にいました。

最初の揺れを感じたのは遅めの昼ご飯を済ませ、居間で娘とまったり遊んでいるときでした。

軽い地震かな?と思ったら、いつまでもいつもでも終わるどころか揺れがだんだんと激しくなり、別の部屋でガターン!と何がか倒れる音がして、台所の食器がガシャンガシャン鳴りだし、玄関でパリーン!と何か割れるような音がして…。

「ついに東京に直下型の地震が来た!家が崩れる!」

と思いました。

娘の頭を守らねばと考え、うちにはダイニングテーブルがなかったので小さいこたつの下に娘を押し込みました。

こたつはたまたま電気がついていなかったからよかったですが、あまりそういうことも考えられないような状況でした。

娘はいきなり薄暗い狭いこたつの中に入れられて泣き叫んでいました。私もパニックで何か叫んでいたような気がします。

こんなに命の危険を感じたことはなかったです。

一度目の揺れがおさまってテレビをつけましたが、すぐには情報が得られず、携帯でつい数週間前に育児の息抜きのために始めたツイッターを開きました。

(その後もずっとお世話になっていますが、こんなときはツイッターの情報が一番早いです!)

どうしよう、どうしようとおろおろしながら、

「こんな大きな地震の時はもう一度必ず大きめの地震が来る、家が潰れるかもしれない」

と考え、娘を抱っこ紐に入れて、かばんに財布と携帯と…本当に何をいれたらいいか動揺していて、もし本当に家が潰れて避難所などに行くことになったら、きっと娘のおむつが困るだろうと、かばんにおむつを詰めれるだけ詰めました。

それから防寒具をいくつか片手に抱えました。

マンションの階段を駆け下りていったら、同じマンションのおじさんが

「ひどい地震だったね」

と声をかけてくださり、少しほっとしました。

そしてすぐ近くの公園に出ると、すでに何人かの方がいました。

倒れてくるものもないので家の中よりずっと安心だと思いました。

少し肌寒い気がしましたが、しばらく外にいました。

それから水の確保が必要かもと思い立ち、すぐ近所のスーパーで水を買っているときに2度目の揺れ。

一度店を出るように言われ、居合わせたおばさんと恐怖を語り合い、また水を買って、公園へ。

今度は先ほどよりももっと人がたくさん出てきていました。

娘と二人きりでいるより、人がたくさんいる方が安心できました。

その後近くのコンビニで携帯の充電器を買ったり…マンションの5階に戻るのは怖かっ

たのでしばらく外にいてツイッターで情報収集していました。

その後なんとか旦那と北海道の義母と連絡がつきました。

電車も止まっていたので、旦那が職場から2時間歩いて帰ってきたときには涙が出ました。

f:id:akasuguope02:20160308124738j:plain著者:すみれ

年齢:35歳

子どもの年齢:5歳8か月

現在5歳8か月の娘がいます、35歳の専業主婦です。 医療従事者でしたが妊娠を期に退職、その後待機児童で保育園に空きが出次第働くつもりでしたが震災でいろいろ価値観が変わり、実家のある北海道に移り住みました。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。

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