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“動物名”作家大集合のアンソロジー『どうぶつたちの贈り物』

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 よほどの厳粛さを求められる場面でない限り、個人的には”隙あらばボケる”という姿勢を好ましく思う。PHP研究所からはこれまでにも、『Happy Box』や『Wonderful Story』といったナイスボケ的アンソロジーが出版されている。『Happy Box』は、伊坂幸太郎など著者名に「幸」が付く作家たちが、幸せをテーマに執筆した作品を集めたもの。『Wonderful Story』の方は、これまた伊坂幸太郎…ならぬ伊坂幸「犬」郎など、犬にちなんだペンネームに改名(?)した作家たちが勢揃い。犬をテーマにした作品が並ぶ。貫井徳郎→貫井「ドッグ」郎という改名センスの秀逸さには、雷に打たれたような衝撃を受けた。そしてこのたびの企画では、「動物」が著者名に隠れている作家たちが一堂に会し、その名にちなんだ作品を書き下ろしている。すなわち、小川洋子が羊(「洋」の字に「羊」が含まれている)、鹿島田真希が鹿、白河三兎が兎、似鳥鶏が鶏(「鶏」に加えて「鳥」まで含まれているので、チキン感も並大抵ではない)、東川篤哉が馬(「篤」の字に「馬」が含まれている)、という担当だ。

 本名にせよペンネームにせよ、自分の名前に入っている言葉はみな意識しているものではないだろうか(私も、”縁も「ゆかり」もない””夏目漱石「ゆかり」の地”といった物言いにはつい反応してしまうし、最近の『おそ「松」さん』ブームはことのほか気になっている)。いずれの作家も、しっくりなじんだ物語を紡いでおられるように感じる。

 そういうわけでどの作品も楽しめたが、特に印象に残った作品は白河三兎「幸運の足跡を追って」だった。主人公・麻里は小学生のときにいじめに遭ったことが原因で17歳までの9年間をほとんど家から出ることなく過ごしてきた。そんなある日、シングルマザーで占い師の母・楓子が、遠方でひとり暮らしをしている麻里の祖母の看病をしに東京を離れてしまう。生活費を置いていくことなく。しかも麻里ひとりが生活していければいいわけではないのだ、半年前に楓子が連れて来たティエリー(フランス人男性・20代前半と思われる・絵に描いた王子様のような容姿)という居候がいるのだから。困り果てた麻里にティエリーが提案したのは、「自分が代わりに占うから、楓子さんになりすませ」。しぶしぶ彼の言葉に従った麻里の元に、楓子の顧客・大藪さんが訪れる。大藪さんは自分の家から逃げ出した兎・ボヌールの居場所を占ってくれと頼む。占いの的中率を上げて顧客の信用を得るため、ボヌールを探し出そうと麻里たちは知恵を絞るが…。

 白河作品においてはおなじみと言っていい、他者とうまくコミュニケーションを取れないキャラクターが主人公だ。心というものは麻里がそうであるように傷つきやすくもあり、いじめっ子たちがそうであるように残酷でもあり、しばしばひとりの人間の中にその両方が備わっているものでもある。そんな複雑な心の持ち主が変わっていこうとするのを助けるキャラが登場するのも、やはりおなじみの展開だ。今回その役割を担うのはティエリーだが、ぱっと見にはそうとはわからないくらい口が悪くひねくれていて理屈っぽい(すなわち超絶美形のツンデレタイプということで、個人的にはどストライクですけど)。一歩間違えばご都合主義にみえてしまいそうでありながら読む者の胸を打つ物語になっているのは、主人公が周囲からの助力にしっかりと応えようとしているからだろう。どんなに励ましてもらっても、自分から変わろうとする気持ちがなければ変化は生まれない。私が今まで読んだ白河作品の中ではこの作品のエンディングがいちばん苦いものだった気がするが、麻里(とティエリー)なら乗り超えていけるに違いない。

 アンソロジーには、もともとあった作品を編者が集めるものと、本書のようにあらかじめ複数の作家に声をかけてテーマに沿った作品を書いてもらうものがあるかと思う。私のようにいろいろな味が入ったアソートパックのお菓子が好きな人間にとっては、とても魅力的な仕様だ。これからも編者の方には、既存のおもしろい短編をピックアップしていただいたり、あるいは興味深いテーマを考えて作家の方に招集をかけていただいたりできましたら幸いです。

(松井ゆかり)

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