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SHOW-YAの『Outerlimits』はガールズバンドの限界を超越した渾身のハードロックアルバム

前回の本コラムでプリンセス プリンセスを取り上げたが、彼女たちと同時代にバンドブームをけん引したガールズバンドのもう一方のクイーン、SHOW-YAも日本のロック史において決して忘れ去られることはない存在だ。デビューから試行錯誤を繰り返して辿り着いたハードロック路線。女性ミュージシャンだけを集めたロックフェス『NAONのYAON』の主催。メンバーチェンジ~解散、そして再結成。道なき道を歩んできたSHOW-YAの軌跡は、今もガールズバンドのお手本となり得るもので、称えられてしかるべきだろう。
『Outerlimits』(’89)/SHOW-YA (okmusic UP's)

方向性の定まらなかったデビュー期
SHOW-YAは1985年にデビューしている。92年にヤマハ主催のバンドコンテストのレディース部門で最優秀グランプリバンドを受賞したものの、寺田恵子(Vo)と中村美紀(Key)以外のメンバーが脱退。その後のメンバー募集によって角田美喜(Dr)、仙波さとみ(Ba)、五十嵐美貴(Gu)が加入して、デビュー時のメンバーが揃った。当時の音楽シーンがどうだったかと言うと、LOUDNESSがアルバム『THUNDER IN THE EAST』でアメリカ進出を果たしたのが85年であり、和製ヘヴィメタル=所謂“ジャパメタ”が盛り上がっていたが、まだまだ一部好事家たちのものといった印象は拭えず、シーンの主流は完全に歌謡曲であった。
レベッカのシングル「フレンズ」が大ヒットし、女性ヴォーカルのロックバンドはすでにシーンのメインストリームに躍り出ていたが、全員女性のガールズバンドは(あるにはあったが)未だ珍しい存在で、今振り返ると、レコード会社やマネジメント会社がSHOW-YAをどう世に送り出していいのか逡巡したと思われる痕跡が残っている。デビュー曲「素敵にダンシング (Coke Is It)」にしても2ndシングル「しどけなくエモーション」にしてもロックはロックだが、音像が細いというか、後に響かせるハードロック、ヘヴィメタルの色は薄く、誤解を恐れずに言えば、どことなくニューウェイブっぽいのだ。まぁ、レベッカにせよBOØWYにせよ、ポストパンク的なニュアンスがあったことは事実だし、当時ロックでメインストリームに分け入ろうとすると、80年代的なサウンドを施すのは致し方ないことだったのだろう。アーティストの意思はともかく、少なくとも送り手側には、俗に言うバンドサウンド一本で勝負しようとする意識は極めて薄かったと思われる。
87年には「その後で殺したい」「水の中の逃亡者」「孤独の迷路」とシングル3作品を発表。これは秋元康作詞、筒美京平作曲、松下誠編曲という超強力な布陣を配した三部作とも言えるもので、今聴いても当時の制作サイドの意欲がうかがえるものの、いずれもロックチューンではあるが、良くも悪くも歌謡曲テイストは否めない。名うてのヒットメイカーが手掛けただけに決して悪い楽曲ではなく、“アイドルロック”として捉えたら十分にイケるナンバーだと思うが、さすがにのちのSHOW-YAのイメージは薄い。また、楽曲はともかく、この頃のビジュアルは──当時の苦心、いや苦悩ぶりは理解するとしても今見ても正直言って苦笑いを禁じ得ない。セールスも芳しくなかった。

ハードロック路線でついにブレイク
想像するに、そこでメンバーたちは一念発起したのだろう。おそらく「自分たちが本当にやりたいことをやろう!」という意気込みで、ハードロック路線に舵を切ったと思われる。ジャーニーのジョナサン・ケインとチープ・トリックのリック・ニールセンの共作として提供された、88年リリースの7thシングル「愛さずにいられない -Still be hangin’ on-」もさることながら、本領を発揮したのは89年に発表された8thシングル「限界LOVERS」だ。イントロからして誰が聴いてもハードロック、ヘヴィメタル。サビのメロディーこそキャッチーで分かりやすいが、それも《Back to the fire!》というシャウトで締め括られるのだから、彼女たちの意地が感じられる。ギターソロも若干マニアックだ。そんな彼女たちの意気込みは届くところには届いたのだろう。「限界LOVERS」はチャート13位を記録。後に30万枚を超えるロングセラーとなった。続く、9thシングル「私は嵐」はさらにヘヴィメタルを強め、イントロで重いリフをかき鳴らすギターはBメロではヴォーカルと拮抗し、ソロパートではライトハンド奏法を聴かせるなど、清々しいほどにヘヴィメタルなナンバーだ。これもまたチャートインし、SHOW-YAはついにブレイクを果たす。すでにプリプリが大ブレイクしており、折からのバンドブームが追い風になったとは言え、それまで逡巡していたSHOW-YAが本来のサウンドで成功した軌跡そのものがロック的ではある。
「限界LOVERS」「私は嵐」のヒットを受けてリリースされたのが7thアルバム『Outerlimits』。当然と言うべきか、これもハードロック、ヘヴィメタル色の濃い──いや、紛うことなき、ハードロック、ヘヴィメタル・アルバムだ。ほとんどの楽曲で重いギターリフが聴ける他、M4「TROUBLE」のギターとベースのユニゾンプレイ、M8「BAD BOYS」でのベースソロや印象的なキーボードなど、決して勢いだけではなく、しっかりとした楽曲を構築しているバンドアンサンブルを確認できる。一時期は週に6日は朝から晩までスタジオに入っていたというだけあって、メンバーそれぞれのテクニックも確かだ。「Stairway to Heaven」を彷彿させるM6「祈り」はその証左であろう。
『Outerlimits』の最も素晴らしい点はここで表明されているメンタリティーだと思う。歌詞はほぼ安藤芳彦氏が手掛けているが、安藤氏は寺田に依頼されて彼女の日記を基に歌詞を書いたというから、その内容は寺田の心情そのものと言っていいであろう。

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